想いは硝子越しに-第2話・戸惑いその1-



「で、新生活はどうなの?未~沙ちゃん♪」
「どうって何が?」

お昼休みに使ってる中庭の大きな木の下でお弁当を広げてるとなっちゃんがからかうみたいに話し掛けてきた。
なっちゃんこと遠藤奈津美ちゃんは高校に入ってから仲良くなった子だ。同じクラスで活発で明るいから何時も沢山の友達に囲まれてて私もすぐに打ち解けた。

「しらばっくれないでよ、ったく~!突然出来た優しい紳士なパパとイケメ~ンなお兄様との新生活だってば!」
「…なっちゃん……」

私はちょっと大袈裟に溜め息をついてみせた。
なっちゃんはすっごくいい子なんだけど、好奇心旺盛なとこがある。そういう所はなっちゃんらしくて大好きなんだけど、今回は何て言ったらいいか判らなくて言葉に詰まっちゃった。

「…パパさんはすっごくいい人だよ。お母さんも仕事辞めて久しぶりの主婦業だ~!なんて言って楽しんでるし……」
「へ~っ、よかったじゃん。」
「…ん…そうなんだけど、ね……」
「何?何か問題でもあるの?」
「ん~、問題があるわけじゃないんだよ?すっごい上手くいってるし、うん。」
「…一体どっちなのよ、それ。」

私の微妙な言い方になっちゃんは顔をしかめてる。そうだよね…でも私も自分で何が言いたいかよく判ってないんだ。

私たち家族の初めての出会いから、時間はあっという間に過ぎていった。
4人で暮らす新しい家を見つけて引っ越しして。生活が少し落ち着いてからお母さんとパパさんの婚姻届を4人で一緒に出しに行った。

この年で恥ずかしいし式はあげないって言うから、その代わりに奮発して美味しいレストランに行こうって言い出したのは確か私だったかな。
お母さんが朝だよって起こしてくれて、パパさんがスーツ着てご飯食べながらおはようって挨拶してくれる。あぁ、父親の居る家族ってこうだよなって、家族っていいなって凄く思った。

でも、暫くたってから少し違和感を感じたの。……お兄ちゃんとパパさんの事だ。
出会ってからのパパさんは本当に優しくて明るいからもしかしたら気のせいかもしれない。でも、どうしても私はその胸のモヤモヤを消す事が出来なかった。

お兄ちゃんは家に帰って来てから自分の部屋から出る事は殆どないんだ。というより何時もバイトばっかりで家にいる事の方が少ない位。朝も私が起きる時間にはもう学校に行っちゃってる。

誰とも殆ど顔を合わせない生活、そんなのを家族を凄く大事にしてるパパさんがほっとくようには思えない。
でもパパさんはお兄ちゃんに何も言わないんだよ。テレビ見ながらケーキ食べてる時だって、私が『お兄ちゃんに声かけよっか?』って言っても『放っておけばいい』なんて……

「………どうしてなのかなぁ…?」
「アタシに言わせたらアンタの方がどうしたって話なんだけど?」
「へ?あ、ごめん。ちょっとどっか飛んじゃってた。」

私は頭の中をトリップさせたままついつい考えてた事を口に出してて、向かいに座ってたなっちゃんが呆れたみたいにこっちを見てた。
いけない、すっかりここが学校で今が昼休みだって事を忘れてたっ!!私は慌ててごまかすようになっちゃんに笑い返す。

「いや、これからはお母さんいっつも家にいるじゃん?放課後いっぱい遊べるようになるなって思ってさ。」
「あっ、それ言える!んじゃ今日帰りカラオケとかどう?」
「あっ、それいいっ!」

さりげなく話の流れを変えるとなっちゃんは対して気にする様子もなく話題に乗ってくれた。
別に隠すほどの事じゃないけど、私も核心持ってるわけじゃないし、それに家族の事だしね。

「じゃ、帰りはそのまま行っちゃおうっ!」
「りょーかいっ!」

と、話がまとまった所で、昼休みの終わりを知らせるチャイムが聞こえてきた。
けれど会話に夢中だった私達の膝の上のお弁当箱の中にはまだ半分以上中身が残ったままだ。

「えっ、嘘っ!?」
「もう食べてる暇ないって。戻るよっ!」

私達は急いで片付けると教室へ向かって走り出した。


「ただいまー。」
「あ、お帰り、未沙。」

なっちゃんや他の仲良しメンバーとひたすらカラオケで熱唱した後、帰った家の玄関にこの時間には普通ならまだないはずの靴を見つけた。

「あ、お兄ちゃん帰ってるんだ?」
「今日のバイト、いきなり休みになったみたいよ?」
「そっか。」

二言三言お母さんと会話を交わしながら二階にある自分の部屋に向かう。私の部屋は階段を上がって突き当たりまでいった所だ。その隣の部屋に、何時もは感じない人の気配がある。

「…本当に帰ってる……」

自分の部屋に入って制服を脱いで、普段着に着替える間もついつい隣の部屋が気になって仕方がない。
ちょっとした物音でもすぐ反応して聞き耳たてちゃうのは良くないって判ってる。でも……

 「何してんだろ……」

私はつい無意識に声を潜めてた。静かにしていると隣の部屋から色んな音が聞こえてくる。
街中でよく流れてる人気アーティストの歌声。この曲聴きたかったんだけどまだCD買ってなかったんだよね…貸してって言ったらお兄ちゃん、貸してくれるかな?

あ、ギシって音がした。ベッドに寝転がって聴いてたのかも。お兄ちゃん、ベッドこっちの壁側に置いてたんだ。入った事ないから知らなかったよ。

壁にへばり付くみたいな格好で必死に隣の様子を伺うなんて本当はしちゃいけない事なんだろうけど、普段何してるのか全然わかんないお兄ちゃんの生活をちょっとだけ垣間見れた気がして私は好奇心を抑える事が出来なかった。

「…あ~っ、何してんだろっ?」
「ご飯出来たわよー!降りてらっしゃい。」

お兄ちゃんがこちら側の壁から離れたのか、向こう側の音が全く聞こえない。何とか音を拾おうと壁に耳を擦り付けていると下からお母さんの声が聞こえてくる。

「はーい、今行くー!!」

呼ばれた声でまだ制服のままだった事に気付いた私は、慌てて着替えると脱ぎ散らかしたまま部屋を出た。

「……あ………」

部屋を出ると丁度お兄ちゃんとばったり出くわす。

「お腹減ったね。今日のご飯何かな?」

きっとご飯に呼ばれたから出てきたんだと思ってそう声をかけたんだけどどうもおかしい。お兄ちゃんの格好はどう見ても今から出かけますって感じで、私のことになんか見向きもしないで歩き出す。

「あれ、ご飯なのに出かけるの?」
「ああ、飯食いに。」
「へ?ご飯出来てるのに?」
「ああ。」

そう言ってさっさと階段を降りていくお兄ちゃんの背中をあたしはただただ見つめてた。
お兄ちゃんは何を言ってるんだろう?今お母さんがご飯出来たって言ったよね?お兄ちゃんだって聞こえてたはずなのに。

ダイニングにはきっと4人分のご飯が並べられてる。こんな風に家族揃って食事出来るなんて入籍した時ぶり位だもん、きっとお母さん何時もより気合入れて作ってると思う。

「……待ってよ!」

玄関を出ようとした所であたしはお兄ちゃんの腕を掴んだ。

「お母さん、久しぶりにお兄ちゃんが家に居るからきっとご馳走だよ?一緒に食べようよ。」
「何で?」
「何でって……」

何でって、こっちが聞きたいよ。家族で一緒にご飯が食べたいって思うのは変な事なのかな?

「俺の事は気にしなくていいから。一緒に暮らしてはいるけど、居ないもんだとでも思っといて。」
「え…ちょっ………」

どうしても納得出来なくて話を続けようとしたけど、今度こそお兄ちゃんは止める暇もなく出て行ってしまった。

「…どういう事?」

残された私の頭の中は疑問ばかりがぐるぐると頭の中を回っていたけれど、このままここに居ても仕方がないと思い直して一人ダイニングに向かったのだった。

「あら、浩介は?」
「ん~、何か用事出来たみたいよ?」
「あら、そうなの?久しぶりに一緒に食べれると思って沢山作ったのに。」

ダイニングに入ると予想通りの状態が目に飛び込んできた。
テーブル一杯に並べられた沢山のおかず。しかも豚カツやらから揚げやらもの凄いボリューミーなものが何時も以上に用意されてる。

いや、久しぶりにお兄ちゃんがうちでご飯食べるって思ってたんだろうから張り切るのは判るんだけど、さすがに男の人でも肉系の揚げ物二種類はキツいと思うよ、お母さん。

でも綺麗に盛り付けられてるご飯を見て、やっぱりお兄ちゃんが家に居るの凄く嬉しかったんだろうなって思うと知らず知らずのうちに表情が曇ってしまう。
今までずっと仕事ばかりしてきたからお母さんはあまり料理が得意だとは言えない。それでも料理本と格闘したり、TVのお料理番組チェックしたりして少しでも美味しい物食べさせてあげたいって努力してるお母さん、凄く可愛いんだ。ずっと二人で生活してきたけどこんな一生懸命なの、久しぶりに見たから。

だからこそ、お兄ちゃんがあんな事言ったなんて絶対に知られたくない。
自分の中に燻る嫌な気持ちを吐き出すように二、三度首を左右に振ると、何時も通りの笑顔を浮かべてしゃもじを手に取って炊飯器の蓋を開けた。
炊き立てのご飯のいい香りが鼻をくすぐって、グ~ッっとお腹が鳴ってしまう。

「あはは…とにかく食べようよ!もうすぐパパさんも帰ってくるでしょ?ご飯、よそうね!」
「あ、お願い。」

お兄ちゃんが何を考えてるかなんて私には判らない。でもこのままでいい訳がないんだから。
どうにかしなきゃと心の中で気合を入れてから、腹が減っては戦は出来ぬとばかりに目の前の夕食に顔を綻ばせた。

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