STEAL!!~大切なモノ盗みます~-第2話・第1の盗み その1-

「ここか……」

小さな紙切れを握り締めながら、ユーリはある場所に立っていた。
目の前には立派な門構えの屋敷があり、周囲も豪邸が立ち並んでいる。一面に煉瓦が敷き詰められ、整備された広い道路が一本突き抜けているこの場所はシュスの北東に位置し、街の統治にも関わる有力な商人や貴族が住まいを構える高級住宅街だ。

街の中心部とは一線を隔し、国王に任命された街の領主から許可された者のみが居住を許される場所であり、普通に汗水垂らして暮らしている人間が近付ける場所ではない。
「聞いてたよりすげぇ金持ちみたいだな、こりゃ。」
ユーリはじっと目の前の屋敷を見据えながら思考を遡らせた。

「こちらになります。」

ジャンの店を後にしてから、ユーリは男に連れられて小さな家屋を訪れていた。
男の身なりにしてはさほど広くはないそれは、あまり掃除されていないのか薄汚れたカーテンに小さなテーブルと椅子が二脚置かれていただけだ。

そのテーブルと椅子も埃を被り、好き好んで座りたくはないなと心の中でユーリは呟く。
座る部分に白く浮いた埃を叩き腰を降ろすと、背後でドアの開く音がした。

すぐさまドアの閉まる音とこちらへ近付く靴音がユーリの耳に届く。その音を生み出す人物が何者なのか、判らない者はこの場には誰も居なかった。

「すまない、遅くなったようだね。」

テーブルを挟んだユーリの真向かいに座ったその人物は、優雅な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。
薄く白髪の混じった背の高い老紳士、それがユーリの目の前の男の第一印象だ。

背後に依頼をしてきたスーツの男を従えて仕立てのいいタキシードの胸ポケットから葉巻を取り出すと、火を付けさせゆったりと煙を味わいながらユーリを見ている。品定めするかのように、じっくりと舐めるような視線で。

「……この方が例の件を?ウィズ。」
「はい、旦那様。」

暫くユーリを観察していた老人は背後の男に尋ねた。
ウィズ、と呼ばれた男はジャンの店での会話よりも恭しく言葉を発していく。

「やり手が集まると評価の高い店に赴き依頼して参りました。必ずや旦那様のお心に添う事が出来るかと。」
「そうか……」
老人はそれだけ呟くと目線をユーリに戻し口を開いた。
「自己紹介がまだだったね。私はウォルフ・アーネストという者だ。貴族の称号を持つ。」

自らの名を告げた老人はユーリを見据えたまま薄い笑みを浮かべる。その視線に思わず顔をしかめた。
気に食わない、そう感じたのだ。

「ご託はいいんでさっさと本題に入ってくんねーかな?こっちもただの雑談に付き合えるほど暇じゃねーんだ。」

ユーリは苛立ちを隠そうともせずに言葉を発した。
依頼は契約であり、契約は信頼関係がものをいう。こちらも手持ちのカード全てを見せていないとはいえ、ウォルフと名乗った男の態度はあまりにもユーリを不快にさせていたのだ。

「話さねーんなら俺は帰るぜ?仕事がないなら、んなとこに居る必要なんかねーからな。」

顔をしかめたまま立ち上がると、ユーリは差し出された手には目もくれずにウォルフに背を向ける。自分に向けられる眼差しを背に受けたまま、ドアに向かって歩き出そうとした時だった。

「まあ、そう急がないでくれないか。」
「……」
「話はまだ終わっていないんだ。見極めようと不躾な態度を取った事は謝罪するが、急いては事をし損じるとも言うだろう?」

ウォルフの言葉にユーリの眉がピクリと動く。
目の前の男はいけ好かない。というか気に食わない。依頼という繋がりがなければおそらく関わろうとはしないだろう。

それでもウィズからもたらされた依頼は魅力的だ。ウォルフの身なりを見てもかなり裕福なのは間違いない。依頼内容はどうであれ、報酬はかなりのもののはず。

「……依頼内容は?大した依頼じゃねーならてめぇらぶちのめす!」

ユーリはもう一度腰を降ろすと、ウォルフを睨みつけた。

「威勢のいいお方だ。いいだろう、ウィズ。」
「畏まりました。」

威嚇するようなユーリの様子にまたも笑みを浮かべながら、ウォルフはウィズに指示を出す。
ウィズは軽く眼鏡を押し上げながらユーリの元へ進むと、一枚の紙を取り出しテーブルに置いた。

「あなたに探して頂きたいものがあります。さほど大きくはない皿です。詳細はこちらに。」

ユーリは紙を手に取り目を通す。皿の大きさや色などが書かれているが、さして特徴があるというほどのものではない。何処にでもありそうな普通の皿のようだ。

「こんなもんをわざわざ金払って探してんのか?その辺で売ってんの買った方が手っ取り早いじゃん。」
「物の価値は人それぞれと申します。ユーリ様、あなたは依頼を忠実にこなし、その皿をウォルフ様の御前にお持ち頂ければよいのです。」
「……喧嘩売ってんのか?」
「いいえ?正当な主張をさせて頂いているだけでございますよ。依頼する以上、ウォルフ様はあなたの客に当たります。客からの依頼は完璧にこなす、それでこそプロというもの。」
「………っ…」

ユーリは一瞬言葉を失った。ウィズの口から放たれた言葉は正論だ。依頼は完璧にこなし、成功させてこそなのだから。

「その皿の持ち主、住所も記載させて頂いておりますので。」

考え込むように口を閉ざしている間に聞こえてきた言葉にユーリは顔を上げる。

「ちょっと待て。そこまで判ってんなら何で俺なんか雇う必要があんだよ?金で買い取りゃいい話なんじゃねーのか?」
「ですからあなたは……」
「相手が買い取りに応じてくれなかったのだよ。」

疑問が口をついたユーリに答えたのはウィズを制したウォルフの言葉だった。

「幾ら積んでも相手が手放さなければどうしようもないだろう?」
「確かにな。」
「そう。だからこそ、無理にでも手に入れたいという訳なのさ。」

そこまで一息に言い切ると、ウォルフはウィズに向かって手を挙げる。
その仕草を見るとウィズはまた頭を垂れてウォルフの背後に周り、大きな鞄を持ち出してテーブルの上で開けた。

「500万リルある。契約金として納めておこう。成功した場合はこの10倍の金額を新たに支払わせて頂く事を誓う。」
「500万っ!?10倍!!?」

突然現れた目の前の大金に驚きを隠せなかった。
ユーリのような稼業の人間に仕事を依頼する場合、本来なら成功報酬のみが普通だ。失敗する可能性のある仕事に事前に金を払うなど有り得ない。

だが目の前の男はそれをすると言っているのだ。
信じられなかった。依頼内容は何の変哲もない皿の盗みで、しかも目的の物がある場所さえ判っているのだから。
こんな簡単な仕事に破格の報酬はどう考えても怪しい。怪しいが、裏を返せばどんな事をしても手に入れたい物だという事だ。

「……判った。契約成立、だな。」

ユーリはテーブルの上の紙と札束の山を交互に見ながらゆっくりと頷いた。
依頼のリスクと報酬を比べても、やはり報酬の魅力には勝てないし、何よりも、ウォルフがここまで執着する皿に興味が湧いてきた。
やるとなったら完璧に。
ユーリは不敵な笑みを浮かべながら詳細の書かれた紙をポケットに押し込んだ。


「とまぁ依頼だから仕方ないとはいえ、何でこういうでかい家の使用人ってのは女ばっかなんだよっ!?」

屋敷の前で立ち止まったまま依頼人との会話を思い返しながら、ユーリは叫び声をあげていた。
……普段からは想像も出来ない姿で。

何時ものユーリは着心地のいいシャツにベスト、膝丈パンツ、それに動きやすいブーツで何処にでもいる少年そのものの格好をしている。しかし今は。

「こんな格好、誰が好き好んでっ!!」

そう、今ユーリは腰までの鬘を付け、清楚なワンピースに身を包んでいるのだ。しかもうっすらと化粧までしていて、何とも可愛らしい雰囲気を醸し出している。

「仕事じゃなきゃぜってーやんねぇっつーんだよ、ったく……」

依頼をこなす上で潜入はごく当たり前の行動で、変装して潜り込むのは仕事をやりやすくする常套手段なのは言うまでもないだろう。まあつまりは女を雇い入れる事の多い上流階級の家に潜り込む為に女装をしているという訳だ。

「とっととケリつけてさっさと終わらせてやるっ!!」

ユーリは決意も新たに屋敷の重厚な玄関の呼び鈴を叩いた。

「どちら様でしょうか?」
「あ、本日から働かせて頂く事になっているユリア・シモンズと申します。」

暫くして玄関から姿を見せた女性に頭を下げる。
名乗ったユリアという名前は偽名だ。仕事中に本来の名前を名乗る事はリスクが大きいので避ける事にしている。

「ああ、あなたね?話は聞いているわ。私は給仕長をのジーナよ。早速仕事に取り掛かって欲しいのだけれど大丈夫かしら?」
「はい、もちろんです。」
「じゃあ控室に案内するわ。そこで制服に着替えて頂戴。」
「判りました。」

玄関から中に入り、ジーナの後ろをついて歩きながら簡単な屋敷の説明を受けていた。外から見て思っていた通り、相当な広さのようだ。

部屋数は20。この屋敷の主の私室に寝室、仕事部屋。妻と子供2人の部屋が各2部屋に客室が5部屋あるらしい。その他に書斎、食料庫、食堂、使用人の控室に……鍵のかかった広い部屋が一つある。

部屋数だけをみても相当時間がかかりそうだと内心焦りを感じているとどうやら控え室についたようで、ジーナは慣れた手つきで扉を開けるとユーリを中へ入るように促した。

「ざっとだけれど今説明したのがこの屋敷の構図よ。一度に覚えるのは大変だと思うけれど、仕事をしながら覚えていって。はい、これが制服。」
「はい、頑張りま……」

使用人の出入りが激しいのだろうか、淡々と説明手渡してきた代物にユーリは言葉を失ってしまった。

「あら、ユリア。どうかした?」
「い、いえ…何でもありません……着替えは何処でしたら……?」
「あっちの小部屋よ。手荷物はそこの棚に。着替え終わったら声をかけてね?旦那様にご挨拶に行きますから。」
「わ、判りました……」

にっこりと微笑みながら控室から出ていくジーナの後ろ姿を見送りながら、手の中の直視し難い物体――メイド服に目をやる。

「マジかよ……これ、着んの?仕事とはいえ流石にシンドイぞ……」

ユーリは心の底から滅入った声をあげながら小部屋へと消えていった。

「やっぱこれはないだろ、本気で……ジャンなんかに見られた日にゃいい笑いもんだ。」
「あら、着替え終わってたのね。とても似合うわ!初々しいメイドさんね。」

自分の姿を見ながらブツブツ呟いていると、控室に戻ってきたジーナから声をかけられる。
小部屋から出てきた姿は何処から見ても違和感のないメイドで、ユーリ自身あまりの違和感の無さに乾いた笑いしか出て来ない。
正直似合うと褒められても全く嬉しくはないが、これで上手く屋敷の中で動けそうだと心の中で密かにホッとしていた。

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