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おばあちゃんの南部煎餅

雨が降りそうな空気が漂う、夏の夜。
保育園のお迎えの帰り道で聴き慣れない音がした。
工事現場の柵に置いてあるケータイが鳴っているのだ。
きっと誰かの落とし物で、さらに誰かが見つけやすいようにと柵の上に置いたのだろう。

何度か着信があるようだが、水没したら動かなくなってしまう。
運良く持ち主からかかってきたら出ることにして、雨を凌げない工事現場から、雨が凌げる交番に持っていくことにした。

拾得場所から少し歩いた程度のところで、運良く落とし物のケータイが鳴った。
出てみると、案の定持ち主だった。
電話を受けた位置とご本人の家が近く、すぐに引き取りたいということで、きた道を少し戻って待つことにした。

持ち主と顔を合わせるのは気がひけた。
絶対に気を使われてしまうからだ。
それなら交番に渡して、お礼をもらう権利を放棄してわたしの連絡先を伝えなければ、顔を合わせることは絶対にない...はずだ。

それもあって近くの交番に届けておくこと提案したのだが、いますぐ引き取りたいとのことだった。

待ち合わせ場所で待っていると、遠くから小さな紙袋をもったおばあちゃんが近づいてきた。ケータイの持ち主である。

ケータイを落として困っていたこと。
色んなところに電話をかけて探し回っていたこと。
買い物に出た時に落としたかもしれないこと。

とにかく困っていたようだった。
何はともあれ、交番までは少し距離があったので、直接渡せて良かったのかもしれない。

おばあちゃんはお礼をいうと、これと言って紙袋を差し出してくれた。
気を使わせて悪いなと、一度は断ったものの、「家にあったものだから」と渡してくれた。

入っていたのは数年振りに見た南部煎餅。

わたしの祖母もお気に入りのおやつを家にストックしていたな、わたしにも食べさせてくれたなと思うと思わず受け取ってしまった。
おばあちゃんならではの視点でストックされたお菓子を手にしたのはいつぶりだろうか。
わたしの祖母は二人とも天国へ行ってしまい、今となっては祖母からお菓子をもらうことはできない。

久しぶりに「おばあちゃんの家にあったお菓子」をもらって、少し嬉しかった。

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