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子どもの虐待について/叩く、怒鳴る子育てを止めよう

今回は「児童虐待」について書きます。

まず最初に伝えたい事は、手を出してしまう、怒鳴ってしまう親を責めるための内容ではない、という事です。虐待を一切しない、というのは、かなり難しいです。全くした事がない親の方が少ないと思います。でも、手を出さなくても、怒鳴らなくても、子どもを導く事は可能です。むしろその方が子どもだけでなく親にとっても精神的にプラスです。ですから、まずは知識として知って頂き、各ご家庭での子育て方針を見直すきっかけになったらと思います。

「昔はそれが当たり前だった」「今の子ども達は怒られてないからどうこう」という人もよくいますが、その頃は、体罰や怒鳴る事等の精神的な虐待が子どもに与えるが分かっていなかったから皆怒鳴ったり暴力をふるったりしていたのだと思います。一時的とはいえ、一番効果はあるように見えますからね。ですが、それは、殴られるのが恐いから、怒鳴られるのが恐いから言う事を聞いていただけです。今は、そういう事をすれば子どもの心身の発達や脳の発達に影響があるという事が分かっていますし、しつけの名目での体罰も虐待だというのは常識です。子どものためにならないだけでなく、むしろ悪い影響しか与えないと分かっているならば、当然するべきではないです。ですから、「昔は」なんて言い訳をせずに、虐待をしない様に心掛けていく、虐待のない社会を目指していくべき。「虐待をしない」というのは、「注意をしない」「叱らない」という訳ではありません。子ども達を適切に指導し導いていく、そんな社会を目指したいです。

そして、これを書いている理由の一つが、私自身が「叩かない」「怒鳴らない」子育てを目指し、苦戦しながらも達成した事、そして、私自身が元義理父から体罰を受けた経験があり、体罰が与える子どもの心身への影響を自分自身が経験したからです。再婚、そして離婚まで数年の間に私に起こった事も、書いていきたいと思います。ほぼほぼ封印した過去であり、これを書く事は私にとっては非常に勇気がいる事ですが、私が実体験を語る事で、自分の子育てを見直してくれる人もいると思うので、今回は勇気を振り絞って書いていきたいと思います。


令和元年6月に児童福祉法等改正法が成立し、親権者等は、児童のしつけに際して、体罰を加えてはならないことが法定化され、令和2年4月から施行されています。
 
体罰はもともと児童福祉法で禁止されていました。しかし、境界線が分かりづらかった事、法律がうまく機能していない実態があり、法改正に至っています。この法改正では、「親によるしつけ名目での体罰を禁止」とハッキリ書いてあります。児童相談所の体制強化や、虐待をした親に再発防止プログラムを実施する努力義務なども盛り込まれました。

子どもをつねる、叩く、お尻ペンペン等、全て体罰ですが、子どもに手を出さなくても、子どもの命に係わる様な時にとっさに出る大声等でない限り、暴力、暴言等は、すべて虐待です。

暴力以外の虐待の例をいくつか上げます。
・食事を与えない
・真夏の暑い時や冬の寒い時に罰として外に閉め出す
・言葉による脅かし
・大声で怒鳴る
・子どもを無視する 
・拒否的な態度を示す
・子どもの心を傷つける事を繰り返し言う
・大切にしているものを壊す
等があります。

また、福井大学教授の友田明美先生によると、子どもにとっては身体的な暴力よりも言葉の暴力の方が子どもの脳を傷付け精神面や学力面等に大きな影響を与えるという事です。 

(詳しく知りたい方は以下のリンクへ。友田先生の記事です。)
https://jp.glico.com/boshi/futaba/no83/con01_01.html

ですから、やはり、虐待にあたる行為は全てダメだと、まずは親が知っておく必要があります。


友田先生のセミナーを受講した時、私が元義理父から虐待を受けていた時に成績がガクッと下がった事を思い出しました。

私は、元義理父と母の再婚前、再婚してしばらくは、私は非常に優秀な子どもでした。本を沢山読み、勉強も大好き。ほぼ98点~100点しか取らず、95点だと「悔しい!」と思う位でした。

ところが、元義理父と過ごした時間が長かった時期(特に中2~中3の頃)は、成績がふるわず、でした。

私は、元義理父から、ほんのちょっとした事で虐待を受けました。平手打ち、グーで殴る、お風呂場のタイルの上で長時間正座等酷い暴力も頻繁にありましたが、それ以外も酷かったです。私は当時元義理父からシンデレラの様にこき使われており、私が掃除した後にわざわざ指でざらつくところがないか確認する等されました。また、私は元々は勉強するのが好きな子どもで、読書も大好きだったのですが、私が宿題や勉強や読書を優先して手伝いを後回しにすると怒鳴られ暴言を吐かれ、そこで反発すると暴力、という風な感じでした。何を言われたのか、実はもうほとんど忘れてしまったのですが、覚えているのは、「女は勉強しないで家事をしろ」「元が良くないんだから勉強しても無駄」「勉強ばかりしているから頭でっかちなんだ」「本ばっかり読んでるから反抗的なんだ」等があり、私がカタコトの英語でアメリカ人の友人と電話しているのを聞いて「ヘタクソ、勉強するだけ無駄」と鼻で笑われた事もありました(彼は英語は全く話せません)。

ところが、元義理父が家に帰ってこなくなってからは(正式に離婚する前に帰ってこなくなった)、世界が明るく広がった気がしたのを覚えています。成績が再び上がり、勉強する事が楽しくなり、学校外でも、英語スピーチコンテストや英語劇等でも優秀な成績を収める等、活躍の場が広がりました。それでも、中学生の貴重な時期に勉強が出来ない環境だったせいもあり、数学は基礎が出来てなく、高校でも数学だけはダメでしたが^^; 

もちろん、勉強する時間を作れるようになったのも成績が上がった理由のひとつですが、やはり、虐待があるのとないのではかなりの差があるのだと思います。

ちなみに、元義理父が帰ってこなくなった理由は、私が母に彼にされてきた事を告白したからです。母は「これ以上うちの娘に何かしたら殺す」とビンか何かを持って彼を脅し、彼はその日から帰ってこなくなりました。その後なかなか離婚届に判を押してくれず、離婚までひと悶着ありましたが(離婚後もありましたが…)、それでも、家にいないというだけで、どれだけ安心して暮らせたか。また、勉強したり本を読んだりが出来る環境になり、本当に幸せでした。

母に告白した内容には、性的虐待も含まれています。レイプこそされていませんが、まぁまぁ酷かったです。小学校5、6年生の頃に、一緒にお風呂に入りたいと思っていないのに入ってきて性器を勃起させたりして、見て見ぬふりをしつつ「気持ち悪いなコイツ」と思っていましたが、少しずつエスカレートしていき、触られたりもしていました。母に告白する数か月前から断固拒否するようになっており、それから暴力等が増えた気がします。詳しい事はあまり書きたくないので書きません。

そして、私実は私は、元義理父と暮らしていた期間の記憶が、あちこち消えています。鮮明に覚えている出来事というのがほとんどなくて、すべてうろ覚えかまたは記憶からスッポリ抜け落ちています。家庭での出来事以外にも、学校での出来事もかなり忘れています。でも、不思議な事に、それ以前の事はよく覚えているのです。私が8歳まで両親(母と亡き実父)と妹と暮らしていた家の住所や当時の電話番号も間取りも、今でも覚えている位です。なので、私の記憶力に問題がある訳ではなく、その時体験した事が記憶力や能力に影響を与えていたんだろうと思います。

虐待は、子どもの心や体だけでなく、脳の発達にも影響を与えるんだなぁと、私は体感しています。だからこそ、虐待には断固反対の立場です。


私の例は結構極端な例ですが、普通の家庭、普通の親が、子育てにおいて、「叩かない」「怒鳴らない」というのは、なかなか難しいのです。ほとんどの親が、それをしてはいけないと分かっていても、してしまった経験があると思います。ましてや、それをしてはいけないと思っていない人なら、尚更です。何故なら子どもは、叱られるような事を毎日の様にしますし、時には、人としてしてはいけない様な事(友達をいじめる、友達のものを盗む、親のお金を盗む等)も、してしまうからです。そういう人としてしてはいけない事をした時に、「厳しく叱る」が、怒鳴る、殴る、になってしまう事もあります。

私自身、告白すると、叩いてしまった事も怒鳴ってしまった事もあります。息子を叩いてしまった夜は、一晩泣きました。私の場合は、知らずに叩いた訳ではなく、叩いてはいけないと分かっているのに、やりたくないのに、手を出してしまったので。

それでも、そこから自分を見つめ直し、「叩かない」というはすぐに達成出来ました。ですが、「怒鳴らない」は時間がかかりました。私は元々簡単に声を荒げたりするタイプではなく、暴言も吐きません。そんな私が怒鳴ってしまうのは、息子が相当悪い事をした時だったせいもあり、怒鳴ってしまう度に「さすがにやりすぎたな…」と反省するのですが、どうしても「でも息子がダメな事をするからだわ」と自分で自分に言い訳をしてしまい、また怒鳴ってしまうという事が続きました。怒鳴ってはいけないと分かっていても、「怒鳴らない子育て」は本当に難しいです。ですが、少しずつ、少しずつ、自分の内側と向き合い、息子と向き合う中で、怒鳴らないでいられるようになりました。

では、どうやって「叩かない」「怒鳴らない」子育てが出来る様になったか。参考になるといいなと思うので、紹介します。

私は、つい手が出てしまう、つい怒鳴ってしまう、というのは、自分が感情を抑えられないだけなので、自分の精神的な問題であり、子どもの問題ではないというのを理解する事から始めました。怒りも悲しみも、感情の原因は、全て自分の内面にあります。自分の怒りや悲しみの原因が子どもではない事を理解する事。子どもを叩く事、怒鳴る事は、躾ではなく、教育でもなく、自分がイライラして、そのイライラを子どもにぶつけているだけなのです。

そして、息子にどういう大人になって欲しいのか考えました。相手が悪ければ暴力をふるっていい、相手が悪ければ暴言を吐いていい、相手が悪ければ怒鳴ってもいい、そんな大人は当然嫌われますし、そもそも暴力は犯罪です。また、暴言を吐いたり、怒鳴ったりする事も、職場でした場合はパワハラにあたります。そんな大人に育てないために、私が親としてのお手本を見せるべきだと思いました。

それから、怒鳴ったり叩いたりして児童相談所がやってきて子どもを引き離されるのを想像しました^^;  息子の事が大好きだから。一緒に暮らしたいから。だから、怒鳴らない、叩かない。

今は、何か問題がある時は、まず最初は話す、次は注意する、三回目以降は叱る(怒鳴らない)、と決めています。怒鳴らない事に慣れたので怒鳴りたい衝動に駆られませんし、子育てを通して自分を見つめなおせた事、アンガーコントロールを学べた事は、これからの私の人生にも生きてくると思います。私をこの様に成長させてくれた息子には感謝しています。

そして、怒鳴ったりしなくなってからの方が、私自身の心が安定しています。息子に対してイライラしたりカッとしたりしなくなりましたし、息子も私が彼の事を思っていると分かってくれていると実感しています。また、息子自身が、自分の気持ちを話せる様にもなった様な気がします。


ここからは、お子さんのいない方にもお願いです。

虐待を目にした場合、全ての国民に通告、通報の義務があります。虐待を受けているという確信まではなく、「もしかしたら虐待かな...」と思う程度であっても、児童福祉課や児童相談所等に通告する義務があるそうです。そこで調査が入り、虐待があるかどうか調べられます。

「もしかして…」位では通告はしづらいと思いますが(正直私も「もしかして…」位で通報するのは躊躇うと思います)、いきなり児童相談所に電話をするのを躊躇うのでしたら、その子の通う学校に連絡してもいいと思います。学校にはスクールカウンセラーもいますし、あとは学校側で子どもの話を聞いてみる等してくれるかもしれません。

もしも普段から話す様な仲の人だったら、その人の行為が「マルトリートメント(不適切な子育て)」に当たる事、それにより子どもの心身や脳の発達に影響がある事を教えてあげたり、カウンセリングを勧める等してあげてもいいと思います。私は「虐待をする親なんかみんな捕まってしまえ!!!」と思っている訳ではありません。子どもは親の元で健やかに育つのが、一番だと思っています。ですから、カウンセリング等を通して解決できるのであれば、それが一番だと思います。

そして、せめて、虐待の現場を目にしたり、明らかに虐待を受けている様子がある子どもが近所にいたり、明らかに虐待を受けている様のある子どもを発見したら、速やかに是非警察や児童相談所等で連絡して下さい。これを警察に通報しない、児童相談所等にも通告しない、というのは、通告義務違反です。通告の義務に違反した場合の罰則などの定めはありませんが、しない事は違反だとまずは知ってきましょう。

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