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ベルサイユのばら展@大阪

阪急うめだ本店で開催中のベルばら展に行ってきました。一か月前からフェリーの予約を取り、家族(夫&高校生次男)には「どうしても見たい展覧会があるから、一人旅します」を宣言してついにやってきたこの週末。この週末に辿り着くまでには、いくつものserendipityがありました。

「ベルばら」を最初に読んだのは小学校時代。ドレスや宮殿のきらびやかな世界。その当時憧れたのはどちらかと言えばかっこいいオスカルではなく、マリー・アントワネットでした。しかし、高校の世界史の授業で、フランス革命当時の主人公たちの年齢が30代半ばだったと知り、ちょっと幻滅したのを覚えています。高校生の私にとって、30代半ばの人はもうピークを過ぎた大人のイメージで、その年代の人が、愛だ何だって熱くなっているのは、気持ち悪い気がしたのです。

だから、ずっとファンだったという訳ではありません。きっかけは一部無料で漫画が読めるサイト。高校時代、好きだった「荒野の天使ども」なんかをちらちらと読む中で、ベルばらを改めて再読すると、、、

仕事や人生の理想を熱く追いかけていた30代や40代を経て、50歳を過ぎた今再読したことで、高校時代に感じた気持ち悪さは塗り替えられ(30代なんて、どう生きるべきかに悩む時代。熱くて当たり前なのです)、代わりに見えてきたことが、、、

人間賛歌、生命賛歌のメッセージ

アランがオスカルに向かって「貴族から見れば、俺たちは虫けらかもしれない。でもな、虫けらだって生きているんだ」という。
逆にオスカルが、「腐った貴族社会にも人は生きていて、色んな感情が渦巻いていて、、」と人の業を思う。
オスカルと無理心中しようとしたアンドレが、「生きているその姿こそが美しいのだ」と、死によって結ばれようとする考えを捨てる。

他にも、「同じ人間なんだ」「人間であればこそ、、」「人間とは、、」といった言葉が物語の序盤から終盤に至るまで一貫して出てくる。こんな深い物語だったとは。そんな中、ゲットした展覧会の情報。即、往復フェリー予約。

タイミングよく、そのフェリー会社が全国旅行支援参入を決めて、往復フェリー代金から8000円の割引+大阪で使えるクーポン3000円と地元で使えるクーポン1000円分ゲット。

このクーポン、ベルばら展のコラボメニューを出しているカフェと、行きたかった大阪浮世絵美術館が対象店舗だったのも嬉しいことでした。頼んだのは、オスカルのクレープとアンドレのココア。甘くておいしくて、ヴィジュアルも豪華で、大満足(ヘッダー画像の上段中央がそれです)。お昼を食べないでちょうどいいぐらい、お腹いっぱいになりました。

そのあとは、大阪浮世絵美術館とNAGASAWA梅田茶屋町店と阪急三番街の紀伊国屋書店。目的は、ポスクロ(Postcrossing)用の絵ハガキ(大量)購入とガラスペン、万年筆、インク購入。途中、大阪天満宮で長男の就職内定と次男の第一志望合格祈願の絵馬奉納。

朝の8時にフェリーを下船し、夜の8時に南港に帰ってきて乗船。やりたかったことをすべてやり、買いたかったものをすべて買った、大満足の一人旅の行動時間はきっかり12時間。シンデレラの気分でした。

まとめ。私にとってのserendipityとは、、、

serendipityとは、「幸運な偶然の出来事」とか「偶然に大発見をする幸運」を意味します。セレンディップ国の王子がいくつものserendipityに出会いながら旅をするペルシャの物語由来の英単語です。

私にとっては、幸運な発見の連鎖というイメージ。何かに興味を持ったら、それにまつわることも調べてみる、ちょっと手を出してみる。すると、新しい経験や挑戦に出会えて、そこからまた世界が広がっていく。興味を持てる何かに出会えること自体がそもそも幸運なことだし。そしてserendipityを可能にするのは、curiosityだと思っています。今回の旅に際して、池田理代子先生が「ベルばら」を描く原動力となったツヴァイクの「マリー・アントワネット」とベルばら展の特集が組まれた「芸術 新潮」9月号を読みました。一つの事象に複数の媒体を経て触れると、皮相だったかもしれない知識に奥行きと深みが出て、重層的・多角的に自分の中で小世界を形成します。そしてそんな小世界がいくつも自分の中にあると、人生が豊かになる。そうやって人生を豊かにしてくれるものを「趣味」と呼ぶのかもしれません。

こんな心境から、このnoteを書き始めることにしました。
読んでくださってありがとうございます。



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