泡沫の夢
それからも何度か大学教授のKと逢瀬を重ね、私はすっかり付き合っているんだと思い込んでいた。
年がすごく離れているけど話が合い、優しくしてくれ、家に招き入れてくれる。
それだけで当時の私にとっては十分だったし、寂しさが満たされた。
ただ一つ。
Kの口からは、好きだよとか、愛してるとかいう言葉を一切聞いたことがなかった。
将来を約束するような言葉も一切なかった。
それでも私は、それが大人の付き合いというものなんだと自分に言い聞かせ、いつかKと結婚できるものと思い込んでいた。
ある日突然私は思い立ち、Kの家に連絡なしに行ってみることにした。
きっと喜んでくれるだろう、ということを期待して。
電車に乗って、バスに乗って、うろ覚えのKの家に辿り着き、チャイムを押すと、Kは出た。
だが、いつもとは違う、とても迷惑そうな顔で。
私は訳が分からず、その場に立ち尽くした。
Kから出た第一声は、
「こういうのやめてくれないかな?」
だった。
「え?」
自分の耳を疑い、私は言った。
「困るんだよね、こういうの」
と、Kは再度言い、バタンとドアを閉めた。
私は意味が分からず、ただ茫然とした。
今まで優しかったKの突然の変貌ぶりを飲み込めず、涙も出なかった。
一人残された私は、今起きている現実を受け止めるまでに時間がかかり、ウロウロと周辺をぶらついた。
だんだんと空が翳り、夕陽が差してきた。
遠く離れたKの家の屋根が真っ赤に染まっている。
私は仕方なくバス停までトボトボと歩いた。
夕陽はとても美しく、私の心とは関係なく、全てが完璧に回っているような気がした。
Kが実は妻子持ちで、今は一軒家を借りて単身赴任をしているということが分かったのは、それから間もなくのことだった。
私はその日以来、大学の講義に一度も出ることはなかった。
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