【漫画原作】身代わり花嫁は神サマに溺愛される 3話

 チュンチュンと小鳥が鳴く音。
 清々しい朝。
 起きた菜花は、出された朝食を食べる。
 近くにはやたらとニコニコしながら菜花を世話を焼きたがる紅の姿。
 そしてそれを見守る女中。
紅「ご飯のお代わりはいかがですか?」
菜花「だ、大丈夫です」
 あはは、と苦笑いをする菜花。
菜花(どうしよう。昨日一生懸命誤解を解いたはずなのに)
菜花(朝からずっと嫁扱いされている!)
 ぱくり、とおかずを口にしつつ、昨日のやり取りを思い出す。
 昨晩の回想。
青年・菜花「違う!」
 数拍したのち、同時に大きな声を出す二人。
紅「息ぴったりですね」
 なぜだかニコニコ顔の紅。
 思わずお互いの顔を見つめ合う青年と菜花。
 ため息を吐き、紅に向けて諸々の説明をする青年。
青年「というわけだ。彼女は私の花嫁ではない」

 朝食を食べ終わったところで回想終了。
 菜花、座敷から庭を眺める。
モノローグ「これからどうしよう。垣田家の旦那様は逃げ帰ってしまった」
モノローグ「あの人たちはわたしを生贄に差し出そうとした。悪いあやかしは退治されたけれど、垣田家に戻ったとしてわたしの居場所はあの家にはもうない」
 菜花は痛みをこらえるようにきゅっと目をつむる。
 脳裏に映るのは自分たちの都合で菜花をあやかしに差し出した垣田家の面々。
 彼らのもとに戻りたくはない。
 でも、身一つでどうすればいいのだろう。と今後の身の振り方に不安を募らせる菜花。
 その後女中から着物を借り着替えた菜花。
 そこへ青年が尋ねてくる。
青年「少し、いいか」
菜花「は、はい!」
 向かい合わせに正座する二人。
青年「一晩休んで落ち着いただろうか。家族の者も心配しているだろう。家まで送る」
菜花「……」
 青年の言葉にびくりとして、視線を落とす菜花。膝の上でぎゅっと拳を握り、ポツポツと身の上を語る。
 話を聞き終えた青年が嘆息。
 その音に菜花は顔を上げる。険しい顔の青年。
青年「そのような鬼畜者たちの元に帰らずともよい。もしも、行くあてがないというのなら、しばらくの間この屋敷に住むといい。幸いにも部屋は余っているし、人里からは離れてはいるが、その分のんびり過ごすことができる」
菜花「いいのですか?」
 なのか、この時点では新たな働き先が見つかった! と思い込みパッと顔を明るくする。
青年「ああ、構わない」
 青年が頷く。
青年「そういえば、そなたの名前をまだ聞いていなかった。名は何という?」
菜花「ななです」
青年「どう書くのだ?」
菜花「いえ、特には。ひらがなです。えっと、七番目に生まれたから、なな、と。それが由来だと父が以前申しておりました」
 故郷では名付けに意味を持たせることはなく、単なる識別記号のようなものだった。
 青年は、菜花のどこか悲しみを持った瞳を見つめたあと、ふとふすまの向こう、外を見る。
 菜の花が数本植わっていて、そよそよと風に揺れている。
青年「……菜花」
菜花「え……?」
青年「あの花に、そなたはどこか似ている。差し支えなければ、ここでは菜花と呼ぼうと思うのだが。どうだろうか?」
 可憐な菜の花に自分が似ていると言われて、ぽっと頬が暑くなる菜花。
菜花(元の名前と似た響きだけれど、胸の奥がむずむずする)
菜花「あ、あの。そのように呼んでいただいて構いません」
 菜乃の返事に青年が微笑みを浮かべる。
 それに対して再び頬に熱が集まってしまう菜花。
青年の独り言「真名はあまり知られない方が彼女の身のためだ」
 菜花には聞こえなかった。
菜花「そういえば、あなた様はどうお呼びすればいいのでしょうか? 旦那様、でしょうか」
青年「翆と」
菜花「では、翆様と」
 こうして菜花の新たな住まいと方向先が決まった。
 と思っていたけれど!
 二、三日が経過。その間ずっとお客様扱い。何もさせてもらえない。
 台所に行っても、女中たちの控えの間に行っても、彼女たちは菜花をお客様と呼び、働くなどもっての他、と。
 広い座敷を与えられ、三食上げ膳据え膳。お風呂もいつの間にか支度が整っている。
菜花(どうしよう。何することがないわ! わたし、てっきりしばらくここで働かせてもらえると思っていたのに)
 昼下がりに庭を散歩する。
 大きなお屋敷だが、あまり人気はない。一応使用人はいるが、必要最低限といった印象。
菜花(でも掃除も行き届いているし、愁然が必要な場所もない。みんなとっても働き者で優秀なのね)
 できれば自分もその一員になりたい。
 何よりもこれまで働いて生きてきたため、何も役目がないのがあり得ない!
 逆に落ち着かない。
 そのように悶々としていると、紅の姿を見つける。
菜花「紅ちゃん」
紅「菜花様!」
菜花「様はいらないよ」
紅「いいえ! お館様の大事なお客様ですから!」
菜花「……あはは」
 紅がくわっと言い切るから、菜花は苦笑いを浮かべるしかない。
 紅が庭にいるなら、何かお仕事の途中かもしれない。
 だったら、自分にも手伝えることがあるかもしれない。そう期待しつつ、菜花は話を続ける。
菜花「わたしは本来紅ちゃんと同じく働く側の人間だし。何かしていないと落ち着かないんだよね。わたしにもできること、ないかな?」
紅「うーん」
 考え込む紅。
翆「二人ともそんなところで何をしているんだ?」
 二人の会話に第三者の声が割り込む。揃って顔を向けると、そこには翠の姿があった。着流し姿で、昼間っから麗しく、大人の色気が滲み出ている。
紅「わたしはお仕事の途中です。菜花様はお散歩の途中です」
 翠の姿にぽーっと無自覚に見惚れている間に、紅がはきはき答える。
翠「紅は働き者だな」
紅「えへへ~」
 翠、紅の頭をなでなでする。すると、ぴょこんと紅の頭から獣耳のようなものが飛び出る。
菜花(え……?)
 それはほんの数秒のことで、すぐに引っ込んでしまう。
 菜花は見間違いかな、と思わず自分の目を擦る。
 翠に懐く紅の頭はいつもと同じ。何も生えていない。
菜花(気のせい……だよね?)
翠「数日屋敷を開けていたが、菜花、ここでの暮らしはどうだ? 何か必要なものはないか?」
 こちらに顔を向けた翠が穏やかな顔で尋ねてくる。
菜花「は、はい! 皆さんに大変よくしていただいています!!」
 元気よく答える菜花。
菜花「ただ……、今まで働いてきたので……何もしないのが逆に落ち着かないと言いますか。……わたしも何かお仕事がしたいです」
 菜花、正直に心の内を吐露する。
 それを聞いた翠は「ふうむ」と思案する。
翠「では、今から私と一緒に来てもらえるだろうか?」
菜花「はい」
 何か仕事があるのだろうか。
 歩き出した翠の後ろをついていく菜花。
 一緒に屋敷の外へ。周りは竹林や林など、緑豊か。
モノローグ「そういえば、空から屋敷に辿り着いたから、この辺りの地形はさっぱり分からない。小道が整備されているってことは、翠様の土地ってことでいいのかしら」
 どこからどこまでがお屋敷の敷地なのだろう。
 のんびり歩く翠と横並びで歩く菜花。
 翠が立ち止まる。
 そこには可憐な花々が咲いていた。
菜花「わあ……きれい」
 ぱあっと風が吹く。花がそよぐ。心が洗われる光景に笑顔になる菜花。
翠「気に入ったか?」
菜花「はい」
翠「少し摘んで帰ろう。部屋に飾るといい」
菜花「いいのですか?」
翠「もちろん」
 翠が腰をかがめ花を手折る。一輪の花を菜花の髪に挿す。
翠「よく似合う」
 柔らかく微笑む翠を間近で見てしまい、言葉を失う菜花。
 その顔がみるみるうちに染まっていく。
菜花「あ……りがとう、ございます」
 思わずうつむいてしまうも、必死に声を絞り出しお礼を言う。
 そんな菜花の様子に、微笑ましそうな笑みを浮かべ続ける翠。
翠「元気になってくれてよかった」
菜花(そ……そうよね。単に生贄にされかけたわたしを励まそうとしてくださっているだけよね)
 菜花は必死にそう言い聞かせ、心の平安を落ち着かせようと努力した。

 仲睦まじく散歩し、屋敷に返ってきた二人を紅が見つめていた。

 その日の晩、就寝前の菜花のもとを紅が訪れる。
紅「菜花様にしかできないお仕事がありました!」
菜花「本当?」
紅「はい!」
 きらきらした瞳で見上げる紅に、よし頑張るぞと気合を入れる菜花。
 彼女に連れて行かれた座敷に居たのは翠だった。
 浴衣姿の彼に驚く暇もないまま、紅が叫ぶ。
紅「菜花様には翠様の同衾係をしていただきます!」
菜花(えええええ~~~!?)