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摂食障害だった。

 普段、二十代前半の同僚と仕事をしている。

(今はお互い自宅でリモートワーク中)

 仕事の上でも優秀で折り目正しく、安定していて、年上(私だ)の、時に(いつも?)くだらない世間話や蘊蓄にも、過ぎない相槌を打ち、自分からも適度に個性的で面白い話題をふることができる……

 そんな素敵でソツのない優秀な(二度言った)彼女を見ていると、ふと自分が同年齢だったころのことを思い出してしまう。いや嘘だ。ふと、どころではない。

 度々、いつも、しょっちゅう思い出しては、「あの子、あの子ね。悪い子じゃなかったんだけどね……」ともだもだしてしまう。


 二十歳を前後して数年、私は摂食障害だった。

 (そこから派生してプチ引き籠りでもあった。)

 

 ひと口に摂食障害といってもいろいろあって、

・過食症:お腹が空いていなくても食べ物のことが頭を離れず、食べ始めたら気持ち悪くなるまで食べてしまう

・拒食症:カロリー(栄養)を摂取することに心理的な抵抗があり、身体的にも食べ物を受け付けなくなる

非常にざっくり、大まかかつ断定的にいってこの二つに分けられるのだけど、全く正反対に見えるこの二つも、人によってちがうというだけでなく、同じ人でも時期によってちがったり、

・過食、拒食のうちどちらかだけ

・拒食だが、食べたいという欲求はあり、過食後に嘔吐して心理的な辻褄を合わせている

・過食だが、太りたくないなどの理由で食後に嘔吐する

など、本当に症状はさまざま。患者(?)となる人も、

・繊細で責任感の強い子がなりやすい とか、

・母親との関係性が原因 だとか、もっと単純に、

・無理なダイエットの弊害 だとか、

いろいろ、本当にいろいろ言われていた。後には社会現象にもなった。

 安室奈美恵さんが全盛だった時代のこと。細くなければ流行りの服さえ着られなかった(似合わない以前に売っていなかった)。

 

 あの頃、苦しんでいたみんな。

 どうしていますか? 

*******


 私は……治りました。

 すっきりと嘘みたいに。あれは人生で最初の、憑き物が落ちる、という体験をした瞬間だった。

 ――どうやって治したか。

 いや、治したのではなく、「治った」なのだ。

 もちろん、治したいと思ってやったことはたくさんある。当時はそれはもう毎日苦しかったし、あの数年間で、私の能力と環境で許されていた人生の選択肢のうち、少なくない数を犠牲にしたと思う。本気で直したいと思って行動していた……つもりだった。それらが目に見えた効果はなくとも、少しずつでも作用したということはあるかもしれない。断食道場の合宿に参加したり、マクロビ食を実践したりといった、主にフィジカル面での対策だ。

 断食は、もうやらないけれどやり方はわかるし、マクロビにも一通り精通したので、気が向けば今でも家族の食事作りに取り入れたりしている。だから役には立っていると思いたいのだけれど、摂食障害の直接の特効薬にはならなかった。

 フィジカルではない。では、メンタルか? 

 答えは、是であり否だ。私の場合費用と、自分の性格を鑑みて、カウンセリングなどのメンタル面で専門家のお世話になることはなかった。正解だったと思う。誰かにじっくり話を聞いてもらって、あなたはこういう性格だから、こういう問題を抱えているから、などと丁寧で細かに内面を掘り下げ分析してもらったりしたなら、私は酔ってしまった。自分に。そして、より熱演してしまったはずだ。

 そう。こと私に限っていえば、摂食障害は自作自演だったのだと思う。極論として。

 あの日。テレビで摂食障害のことをやっていた。

 摂食障害になった当初は、今みたいにSNSで繋がるなんていうのも一般的ではなく、長いこと同じ症状でもがいている人が運営しているサイトを見つけ出して、定期的に閲覧するくらいだった。そこでは、掲示板に書き込むなどして繋がり合っている人たちもいた。私は眺めているだけだったけれど、私もその繋がり合っている人たちも、どちらもがこの社会ではマイノリティーなのだと認識していた。

 テレビでやっていた内容は、くわしくは見ていないし覚えてもいない。覚えているのは、自分の気持ちだ。私は白けたのだった。ああそうか、摂食障害はもうここまで一般的――いや、大衆的になったのか。

 じゃあ私は、いいや。

 イチ抜けた。的な。本当にそれだけだった。

 もともと過食をしても吐くのが下手だった私は、きっと重症な方ではなかったというのもあるだろう。当時読んだ専門書には、過食も拒食も、治療にはまず食後に嘔吐するのを止めるところからと書いてあった。

 私の場合はそれまでも過食時以外は野菜中心の健康的な食事を好んでいたので、それらを普通に食べて近所をウォーキングしまくり(徘徊……)、増えていた9キロの体重を元に戻した。その間にもアルバイトをしながら求職活動をし、派遣社員としてOA事務の仕事を見つけた。

 あれから二十年近く経って、前述の優秀(三度目言った)素敵女子な若い同僚を見ていて、しばしば思うのだ。私が今この人と同じ年頃だったら。摂食障害にはなっていなかったんじゃないか、と。相変わらず素敵女子ではないだろうし、こじらせているだろうけど、その場合も摂食障害としては発露しないんじゃないか。だって、時代が違うのだ。

 じゃあ、今ならどうこじれただろうと考えるのが、実は少しだけ楽しい(悪趣味)。けど摂食障害だったから、私はたまたまこうして生還しているわけで。摂食障害になって私の人生は恐らく変わってしまったのだろうけど、もっと悪いことになっていた可能性だってあるのだ。パラレルパラレル……。

 素敵同僚女子も、ああ見えて新時代のこじらせ方をしているのかもしれない。おばさんわかんないけど。

 



奇特な貴方には、この先幸運が雨あられと降り注ぐでしょう!