恐怖心

ある日突然人間は死んだらどうなるのか気になった。
気になると同時に未知のものに対する恐怖も抱いた。
当時小学二年生だった私はその日から漠然とした恐怖を抱えながら生活しなければいけなくなった。
それから数年がたち、私は二十歳を迎えた。
あの頃のような純粋な死に対する恐怖というものはないが、自分の人生に期待ができなくなってしまった。

そもそも何がしたかったのか、何のために生きているのかもわからなくなってしまった。
まだ小学校二年生の時のほうが純粋に生に執着していたかもしれない。
今は中途半端に死にたいし中途半端に生きたいと思っている自分しか残っていない。
いざ死ぬ場面になったら死にたくないと泣き叫ぶだろうし、このまま生きていくのもしんどいと言って死にたいと思うだろうしものすごく矛盾をしていると思う。
だけど命ある限り生きるつもりではあるしこのまま私が生きていったらどうなるのかという興味もある。
何もしなかったら何にもならないだろうし、何かをしたら何かが残るかもしれない。

人生は選択の連続だなんていうけれどそれは本当にそうかもしれない。
人生には様々な分岐点があってそれを選ぶことによってその後の人生が大きく変わるかもしれない。
ある意味壮大な博打のようにも思える。

このシステムを作ったのは人間なのか、それとももっと高次元の存在なのかはわからないがもし仮に高次元の存在がこのシステムを作り上げたのだとしたら完全にすごろくや人生ゲームといった感覚で作って、私たちの人生を見ているのかな、とも思ってしまう。
もしそうだったら、少しワクワクしてしまう。それと同時に若干の恐怖も感じられるけれども。

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