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渡辺真知子というひと。(8)

普段の話し言葉もそうだけれど、いつからだったか、けっこう前から楽曲における詞の女性らしさが薄れ、中性的になっているなと感じていました。

たとえば、現代の中高生や20代女性あたりが「~かしら」「~だもの」って言うのは聞かないから、彼らをターゲットとした曲にはそのような言葉遣いはないのでは?

「今じゃオカマしか使わないわよアンタ(マツ○・デラックス)」
とかいう声がどこかから聞こえてきた気もするけれど、いわゆる「女言葉」が、わたしは好きです。

今回の大まかな流れとしては、真知子さんの曲に散らばる女言葉を眺めたうえで、今どきの曲から徐々に時代を戻し、詞における女言葉の変遷をたどりたいと思います。

歌詞に見る女言葉の現在と過去――未来はあるのか?

1:真知子さんの女らしさ

真知子さんの曲から女言葉を拾ってみる。あまりたくさん書くときりがないので6曲に絞ったが、今回選びきれなかった曲の中にも、そこかしこに女らしさのかけらを見かける。真知子さんの場合、デリケートで女らしい詞に伸びと色気のある声が絡み合って、さらに魅力を増しているのだと思う。

「オルゴールの恋唄」やさしいいじわるね / おしゃれなわがままかしら
「今夜は踊って」あふれるリズムに合わせて好きよっていったの
「別れて そして」泣かない私は嘘なのよ / 強がっていたわけじゃないの
「朝のメニュー」遅刻したって知らないワ / 今日は早く 帰ってきてネ
「思い思われ」男嫌いじゃないわ 信じられないだけよ
「インスピレーション」魔法のようね / それは私なの / わかっているわ
(以上6曲/作詞:渡辺真知子)

真知子さん自身で作詞した曲に限定したが、ちょっと拾い集めただけでも、こんなにある。わたしが真知子さんの曲――正確に言えば、自分より前の世代――に強く惹かれるのは、現代で失われつつある女らしさがまだ残っているせいかもしれない。

個人的には、同世代の人と逆行している感はあったが、古い小説や曲などに触れては、こういう言葉遣いが似合う落ちついた女になりたいと思っていた。結局、結構そそっかしいので「落ちついた女」になるのは断念した。

――このあたりは考え方や好みの問題だから、共感を得られなくても一向にかまわない。ただ、今でも、不自然じゃない程度にきれいで女らしい言葉を使いたいと思っている。

さて、今どきの曲では、どれだけ女言葉が使われている――残っているのだろうか(これ以降は敬称略、リリース当時のグループ名・アーティスト名で失礼いたします)

2:2021年あたりの曲に見られる傾向

2021年時点の新しい曲から見ていこうと思う。ただ、わたしは最近の女性歌手に明るくないので、誰でもわかりそうな人が対象となってしまうけれども。まずPerfumeの新曲で女言葉を見つけた。

「ポリゴンウェイヴ(作詞:中田ヤスタカ)」
~って気取ってるの / カクカクしたって流れるわ

Perfumeが近年出した曲を見ると「Time Warp(2020年)」は男性の立場で「無限未来(2018年)」は中立的な立場で歌っていたため、女言葉はなかった。

AKB系は、男性の立場で歌う曲が多い印象。
AKB48は、2020年にリリースしている「離れていても」「失恋、ありがとう」はそれぞれ男性の立場で歌っているが、同年の「また会える日まで」では女言葉を見つけられた。

「また会える日まで(作詞:秋元康)」
みんなのことを思っていたの / 今日の日をずっと 忘れないわ

乃木坂46の2021年リリース4曲「錆びたコンパス」「他人のそら似」「ごめんねFinger crossed」「全部 夢のまま」を見たが、どれも男性の立場または中立的立場で歌っている。

次は、2021年に注目されているという女性アーティストを取りあげる。ざっと見て、女言葉を使っていたのはこの3曲。作詞はそれぞれ自分でしている。

Rei「Categorizing Me」なんのために愛していたの
eill「SPOTLIGHT」止められはしないの / 問題はないわ
杏沙子「見る目ないなぁ」たくさん裏切られたの

ほかは、男性の立場で歌う曲「君は生きてますか(琴音)」「夜間飛行(にしな)」や、主役は女性だけれど女言葉は使っていない曲「瞳に映る(Karin.)」などが見られた。

今度は女性演歌歌手の、2021年上半期ランキング上位曲を拾ってみた。演歌ならもう少しあるかと思ったけど、多いというほどではないようだ。

水森かおり「鳴子峡(作詞:かず翼)」心に寄り添うあなたがいるわ
丘みどり「明日へのメロディ(作詞:大柴広己)」分からないでしょうね / 求めてないのよ
坂本冬美「ブッダのように私は死んだ(作詞:桑田佳祐)」捨てられたのね/モテたわ/女だもん

こうして見ると「~わ」「~の」で終わる若い女性アイドル・アーティストと比べたら、女性演歌歌手のほうが語尾のバリエーションはある。しかし2021年時点で新しいとされる詞において、それほど女言葉は多用されているわけではないようだ。

3:2010・2000年代(男性・中立的立場が優勢?)

新しい曲を見たところで、10年ごとに遡っていく。
まず2010年代から。やはり男性の立場・中立的立場で歌う曲が多い印象。女言葉を使っても、MISIA「アイノカタチ(2018年)」のようにワンフレーズだけという曲もある。

JUJU「東京(作詞:R-Y's・トモ子)」
東京の灯りが照らすの / 巡り合う運命を信じているの(2018年)
西野カナ「トリセツ(作詞:Kana Nishino)」
優しく扱ってね / 手紙が1番嬉しいものよ(2015年)

2000年代。当時さほど詞に気をつけて聴いていなかった――正確にいえば単なるBGMと化していた「ジンギスカン」みたいなモーニング娘。の「恋のダンスサイト(2000年)」は、女言葉と男言葉が適度に混在していておもしろい。

モーニング娘。「恋のダンスサイト(作詞:つんく♂)」
優しい心ね / ハチャ!メチャ!したいわ / そうよ 青春はカーニバル

アイドル以外に2000年代の女性アーティスト曲をいろいろ探したけれども、宇多田ヒカル「SAKURAドロップス(2002年)」や浜崎あゆみ「BLUE BIRD(2006年)」「SEASONS(2000年)」など、男性の立場による詞が多かった。

かろうじてaikoの「キラキラ(2005年)」では女子が主役だったが、詞の語尾は「~ね」のみで男女関係なく使われるため、女言葉とはしなかった。

4:1990・1980年代(作り手の引き出し)

1990年代の女性アイドルといえばSPEEDを思い出すが、彼女たちが小中学生だったためか、少なくとも「Body & Soul(1996年)」「STEADY(同年)」「Long Way Home(1999年)」の3曲において女言葉は見られなかった。

辛島美登里「サイレント・イヴ」あなたはいないの / ゲームね(1990年)
松任谷由実「真夏の夜の夢」忘れないわ / 私だけのものよ(1993年)
竹内まりや「今夜はHearty Party」取り戻すのよ / 立ち直れちゃうの(1995年)
※作詞はそれぞれ歌手本人による

1990年代のヒット曲には1960年代や1970年代に活動を始めているアーティストの楽曲が目立つせいか、女言葉も多彩である。辛島美登里も遅咲きタイプなので、このふたりに近いと考えられる。

1980年代まで戻ると、アイドル歌謡だけでも女言葉の数は多い。本文との兼ね合いもあるため、引用は後半・前半2曲ずつとする。

中山美穂「50/50(作詞:田口俊)」
知ってるわ/ときめきに酔うのよ(1987年)
菊池桃子「ガラスの草原(作詞:売野雅勇)」
ささやくの/贈り物なのね(1987年)
中森明菜「スローモーション(作詞:来生えつこ)」
心だけが先走りね/感じるわ(1982年)
松田聖子「青い珊瑚礁(作詞:三浦徳子)」
忘れてしまうの/近づいてゆくのよ(1980年)

1980年代のアイドル曲に女言葉が多めに残っているのは、1940年代後半~1950年代前半(昭和20年代)生まれの作詞家が活躍していたからかもしれない。

1955~1980年あたりに出版されていた本や映画・ラジオドラマ・テレビでは女言葉は顕著であり、少なからず詞の創作にも影響すると考えられるためである。

5:1970年代以前(女言葉の華やかなりし時代)

1970年代になると、これまでほとんどなかった「~かしら」なども登場する。赤いハイヒールの「聞いて下さる」は、女性特有の言い回し「~してくださる?」と判断しての引用。

太田裕美「赤いハイヒール(作詞:松本隆)」
聞いて下さる/夢なくしたわ(1976年)
八神純子「みずいろの雨(作詞:八神純子)」
やさしい人ね/忘れてよ(1978年)
キャンディーズ「年下の男の子(作詞:千家和也)」
好きなの/好きかしら(1975年)
山口百恵「青い果実(作詞:千家和也)」
眼を覚ますの/泪こぼすのよ(1973年)

上の引用は似たように見えるが、有泉優里氏(2013年)のジェンダー識別傾向調査結果に基づいた分類上では重複していない。「夢なくしたわ」から順に「わ」「ね」「よ」「なの」「かしら」「の」「のよ」と分かれる。

はじめに真知子さん自身の作詞曲のみを挙げたが、伊藤アキラさんの詞には女言葉がふんだんに使われている。最後に、文末詞などの分類には入っていないけれども女心がよく伝わる、わたし好みの女言葉をひとつ。

渡辺真知子「予告篇(作詞:伊藤アキラ)」
おもしろいねと言ってくれたじゃない……(1978年)

★   ★   ★

今回は渡辺真知子さんをメインとするコラムで扱ったため、女性シンガーソングライターやアイドルの曲が多くなりました。こういった言葉や近現代史にかかわることは興味深いので、別のマガジンを作っていずれ書きたいと思います。

【参考】
▼話しことばの終助詞について――映画に見る女性文末詞――(著:小原千佳)
※上の論文はPDFダウンロードですので、あえてリンクしませんでした。
オリコン演歌&歌謡2021年上半期TOP30
▼各年代の女性シンガーソングライター・女性アイドルランキングサイト
▼歌詞検索 など

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