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【あたらしいふつう展】2050年のVR:「世界に調和を」(架旗透)

こんにちは!ミライズマガジンです。

「あたらしいふつう」展、企画の「1000人に聞いた未来予測」。第二弾は、コチラの予測をもとにした作品です!

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企画概要はコチラ

今回は未来×VRをテーマに描かれた、未来の世界の物語。
2050年の未来を描いたこちらの作品をご覧ください!

【あらすじ】
 かけるだけで自分の好きな光景が目の前に展開されるミラー「Angle3」は、景色だけでなく視界に入る人々の服装も、自動で世界観に合わせたものに変換してくれる。
 会社の総務部門にある自動化補助という小さなサポートチームで働いている貴美子は、昼休みにカフェでミラーに映し出された濃い青空がどこまでも続くアイスランドの風景を楽しんでいた。
 しかし、彼女がカフェラテに口をつけたちょうどそのとき、とつぜんミラーが処理落ちしてしまう。
【著者プロフィール】架旗透
SF創作サークル「グローバルエリート」所属。ゲンロンSF創作講座第二期生。既存作に「バイオ総武線」「ムーンヴィレッジの子供たち」「ネコニンゲンのドグマ」。

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 昼休み。
 貴美子の視界には濃い青空がどこまでも続くアイスランドの風景が広がっている。山脈を見渡せる静かな川辺に無造作に置かれた飾り気のないオーク材のテーブル。周囲には落ちついた色のセーターにロングスカートでリラックスしながら文庫本を開いている女の人や、細身のジーンズにおしゃれなストールを巻いて小粋にエスプレッソを飲んでいる男の人。

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 洒落た眼鏡とさほど見かけは変わらないミラーをかけるだけで自分の好きな光景が目の前に展開される。視界に入る人々の服装も自動で世界観に合わせたものに変換してくれる。
 統一された世界観に満足して貴美子がカフェラテに口をつけたちょうどそのとき、とつぜん強烈なファッションが割り込んできてミラーより早く貴美子自身が処理落ちした。
 筆で塗ったようなはっきりとした紫と黄色のアイライン、灰色のリップの女がニッと口角を広げて笑っている。広げた口に寄ったしわはくっきりと深いが、おそらく30代後半だろうか。分からない。ショートカットにしたドレッドヘア、そしてモスグリーンのだぼだぼのリネンジャケットに何十個も付けているQRコード、バーコード、何かのURLを刻印したピンバッジ。分かるのは貴美子のミラーが彼女を処理しきれずにそれらをそのまま映してしまっていることだけだ。
 よりにもよってこのカフェに来るなんて。彼女がコーヒーを飲んで腕を動かすたびにピンバッジがカチャカチャうるさい。
 こめかみ付近がほんのり暖かい。貴美子のミラーがまるで使いすぎたときのように発熱しているのだ。
 いったいこの……QRコード魔女は何なのか。せっかくの昼休みを自分の好きな風景で過ごしていたのに。驚いて固まってしまったのが目に止まったのだろうか、魔女が貴美子の方を見てにやりと微笑む。すでに広がっていた口元がさらに伸びるところを見せつけられた貴美子は気まずいやら恥ずかしいやら、完全にとどめをさされて慌ててカフェラテを飲みほしミラーを外して席を立った。
 ミラーを外すと光を反射しないマットブラックのテーブル、白い椅子、薄い単色だけで構成された清潔感のあるカフェが目の前に広がる。パリッとしたスーツでエスプレッソをすする目に隈ができた営業マン風の男、シンプルなコーデで電子書籍リーダーを広げているデザイナーくさい女。目を落とすと自分のグレーの飾り気のないスーツとシャツ。現実。

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 QRコード魔女をできるだけ視界に入れないように席を立ったが、意識しすぎて魔女に見られているような気分になった。そうして外に出て、光を反射しにくい単色の建材で築かれたミラー区画を早足で抜ける。
 いつもの昼休みのはずがどうしてこうなったのか。だんだん腹が立ってきた。
足を止めて、オフィスビルのガラスに映る自分をしばし眺める(最低限の薄い化粧・髪を後ろにまとめた就活生じみた地味な髪型・どこからどう見ても小さなOLさん)。大丈夫、どこもおかしいところなんてない。私は大丈夫。
 それで怒りが収まったわけでも、あるいは意気消沈したわけでもないけど、貴美子は息をついて自分の会社に向かって歩き出した。
 ビルの上の広告ディスプレイの中で貴美子がかけていたミラーがゆっくりと回っている。ミラーがくるくる回るたびに背景がヨーロッパのこぢんまりとしたおもちゃのような街並み、アジアののんびりした田園風景、アラビアのどこか魔術的な市場の風景に切り替わる。切り替わるたびに文字が、いかにもプログラマが好みそうなシンプル以外に良いところがないフォントの文字が画面の四方から飛び込んでくる。

「世界を映す」「と」「世界を視る」「が」「もっと」「溶け合う」


 それがミラーウェア1番人気のメーカー視星が売る、そして貴美子がかけている<Angle3>だった。


「貴美子さん、私が取った発注の記録がまたどこかにいっちゃった」

 営業の女性から声をかけられ、(チャット使って欲しいな)と思いつつ貴美子は静かにうなずいた。
 貴美子は会社の総務部門の中にある自動化補助という小さなサポートチームで働いている。自動化が進んで消滅した営業や経理といった部門ごとの事務職の代わりの、社内の自動化処理についていけない社員をサポートして処理を止めないというITサポート未満の小さなアシスタント職だ。
 自覚なしにシステムを想像の斜め上の方法で使ってくる同僚(しかも毎回方法を変えてくる)の話を聞いて、なんとか自動化されたフローに彼らの作業記録を滑りこませて会社をそのままの速度で走らせ続ける。貴美子は自分のことをAI時代の最先端にして最後の裏方職人なのだと思っている。
 そんな仕事をしているせいか、ミラーをかけたときの、自分好みの装飾が無理なく人々や建物に反映される、自分がこの世界をデザインしているという感覚に貴美子は不思議な快感を覚える。別にファッションや建築が特別好きだとか、映像制作に興味があるとかではない。この世界はきちんと調和が取れていて、そして自分はその世界とつながっている。そんな感覚が増幅される気がするのだ。
 それなのに。
 なんとか定時までに仕事を終わらせ会社を出たものの、今日はミラー区画やカフェに寄る気になれない。フルオートメーションで15時定時が売りの会社なのに、余暇を楽しむ気分になれないんて。あの……QRコード魔女のせいだ。


 帰り道の電車は定時すぐだったせいで混み合っている。貴美子は電車の中でミラーをかけたらどうなるだろうと想像する。例えばドイツの地下鉄風な風景まではいいけど、人々はどう装飾しよう。偶然乗り合わせた色んな服の、様々な年齢の人々に自分で思った通りの服を着せるのはいささか奇妙な気がした。

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 電子ペーパー製の吊り広告の中で、いかにもMITメディアラボ風な黒づくめの服を着た坊主頭に華奢な丸眼鏡をかけた美青年が貴美子が持っているのと同じ型のミラーを片手に中国語で何か話している。映画っぽい斜体フォントの字幕が画面下を流れていく。

ミラーをかけて、自分の視界に映る人や建物をほんの少しおしゃれにしてみたい。その試みが<服>や<街>という名詞を動詞化していく、VRが持っているある機能を際立たせていることに気づいたのです……。


 その週末、貴美子は気を取り直して彼氏の健司とミラー区画を散歩していた。青空の下、春の陽気のニューヨークをビルに投影する。5G整備と一緒に新設されたこの通りはミラーをかけないとまだ工事中の色味のないオフィスビル街のように見える。実際ミラーをかけることで完成するのだ。街行く人たちも無地のミラー投影用か、それに似た服を着ており具体的な装いは他人のミラーに委ねられている。貴美子も白いブラウスとスカート、薄いグレーのスニーカーで自身の装飾は街の人々に任せている。貴美子が彼らを春の陽気に浮かれたニューヨーカーに仕立てあげているのと同じく、彼らも彼らの世界で貴美子たちを理想のカップルの装いに仕立て上げているのだ。

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 貴美子のニューヨーク風ストリートの世界は隣の健司にも共有されている。しきりに首を回している彼にとってはデザインされた世界と言うよりゲームの世界にやってきたような感覚らしい。ミラーもVRの一種ということを考えれば、それも自然な感覚の一つだ。健司の手を取り、軽く引っ張りながら前を歩く。まるでファッション雑誌の中に入り込んだみたいな賑やかなストリートが、貴美子が今日のデートのためにデザインした世界だ。
 どうかな?と感想を聞こうと口を開いたとたんに、なにか毛玉のようなものが唇をかすめた。健司も変な声を上げて手を離してしまう。
 耳元でも何かが触る感覚があり、慌ててミラーを外した貴美子はあっけにとられた。数え切れないくらいの黄色、白のモンシロチョウが区画中を飛び回っている。周囲には同じくミラーを外して驚いている人、まだ気づかずに自分の世界に没入して歩き続けている人が混じって珍妙な雰囲気になっている。
 健司が手を伸ばしてチョウに触れる。貴美子はその異様な光景にまだミラーをかけているような没入感を覚えた。

「うわ、なんかすげえ」

 健司が指さす方向を見て貴美子はがつんとやられた気持ちになった。またあの魔女である。
 魔女は翡翠色のワンピースに黄色と黒の筋が入り乱れた柄のゆったりしたコートを羽織り、ドレッドヘアにはエメラルドグリーンの編み紐を組み込んでいる。頬や額の筋肉に沿って黄色と茶色の顔料で線を引いて模様を作り、そして首元には馬鹿でかいネックレス。本来ならメダルや宝石がぶら下がる部分には代わりにQRコードのアクリル板が揺れている。
 まるで……まるで悪いアゲハチョウだ。
 周囲には魔女と同じくらい奇抜な格好をした若者たちが虫かごをもって走り回っている。こいつらがチョウを放していたのだ。魔女は貴美子たち通行人がミラーを外して自分たちを眺めていることを確認して若者たちに手を振って合図した。
 まだ何かあるのかと思う間もなく若者たちは通りに伏せて隠しておいた大きな鏡を2枚持ってきて魔女の両隣に立てかけた。
 魔女の横に鏡面に映った貴美子たちが並ぶ。映った姿は魔女や魔女の弟子たちとは対照にみな似通った、白を基調としたこれといった特徴のない服装の男女。貴美子は思わず美術室の石膏像を想像してしまった。
 さすがに腹が立ってきた貴美子は彼女らを視界から消すためにミラーをかけた。まずは若者、そして鏡をじりじりとニューヨークに強制置換していく。またミラーが熱くなってきたが気にならない。貴美子の方が熱くなっている。絶対にあの魔女、あのアゲハチョウの化け物を紙袋を抱えた買い物帰りの陽気なおばちゃんに変えてみせる。だがカフェの時と同じく魔女だけは一向に設定した風景に溶け込んでくれない。
 健司が肩をつついてそろそろ行こうよとささやいた。我に返ると他の通行人は興味を失って流れ始めており、立ち止まって魔女を凝視しているのは貴美子だけになっていた。魔女は不敵に微笑んでいる。なんだか悔しい気持ちになりながらも、貴美子もしかたなく歩き出した。

「見ると見られるが完全に独立するなんて、変だと思ったんです」

 魔女がディスプレイの中でそう話している。顔には青い顔料で歌舞伎の隈取りのような線が乱暴に引かれている。スターウォーズにこんな模様の宇宙人がいなかったか。
 健司の拾ってきたニュースサイトの動画では魔女のことをアーティストとして紹介している。
(変なのはあんたよ)ぶんむくれて腕組みをしながら貴美子はディスプレイをにらみつける。
 なんとなく察してはいたが、あのQRコードアクセサリーでミラーの画像を置換処理を遅らせて、奇抜なファッションでミラーをかけている人の度肝を抜くパフォーマンスだったらしい。

外見で必要なことは清潔さだけ?ミラーウェアが示すファッションの未来

 画面右上のテレビ時代から使われている無駄に視認性がいいフォントの文字がタイトルだろうか。ミラーウェアに肯定的なのか否定的なのかまではくみ取れない。

「服にはあなたの出身地、過去、好きだった人、希望、未来が全部混じってる。それを他人に簡単に委ねないで。1つの企業が用意するレパートリーなんかで縛られないでほしい。あなたは大好きな人にどう映っている?それはあなたが決めなきゃいけないの」

 魔女はえらそうに訓戒を垂れ、健司が感心したようにうなずいている。貴美子はふんと鼻をならした。
 ニュース番組のゲストと司会のつまらないやりとりが続いた後にまた映像が切り替わり視星の<Angle3>を開発したエンジニア、あのMIT眼鏡小僧が登場する。絶対視認性ダサフォント文字が彼の穏やかな中国語を雑に切り取っていく。

 見る人の世界を歪めているのではないかとう声は当初からありました。
 肌の色、顔かたちを修正するわけではありません。


当然だ。もしそんな欠点があるなら貴美子だって使っていない。

 今、眼球に飛び込んでいる光を処理しながらあなたは何を考えていますか。今、本当にあなたが見ているものはなんですか。
 服や建物はまだスタート地点にすぎません。これは単なるファッションの小道具ではなく、あなたと世界のつながりを再構築するものです。何も手放す必要はありません。


 こっちもこっちでうさんくさい。
 貴美子はディスプレイを落として目を閉じた(健司がまだ観てたのにと小さくつぶやく)。


 好きだったものへの熱が少し冷めていく感覚がある。週明けに私はカフェに行くだろうかと貴美子は自分に問いかける。
 ミラーウェアのおかげでいちいち何を着るか頭を悩ませずに外に出られるようになった。外出は前より楽しくなったのだ。人にどう見られるかは気にならない、自分が世界をどう見るかだけだったのに。
 自分が何か、企業や研究者、アーティストたちの遠大な実験に巻き込まれたような変な気分になる。世界中の全ての空間を背景に、あらゆる服を着られる未来になったとき、私はどうなってるんだろう……。どんな服をもっていきたい?そんな世界に?

 何も手放す必要はありません。

 貴美子は昔、まだ少女だった頃に母に編んでもらったマフラーのことを思い出す。みんなに見せたくて見せたくてそわそわしていた冬の朝の空気が今でもはっきりとよみがえる。そしてあのマフラーがぼろぼろになって捨てられてしまったときの哀しみも。

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 あなたの出身地、過去、好きだった人、希望、未来が全部混じってる。

 貴美子はゆっくり目をひらいて、<Angle3>の公開ライブラリのページを検索しようとディスプレイを立ち上げた。ろくに仕組みも知らないけれど画像をポストできるフォームが見つける。
 しばし考える。いつかあのマフラーをもう一度巻いてみせる。でも今は。

「見てろよ」

 貴美子は先ほどのニュースに出ていた魔女の本名から彼女のサイトへ飛ぶ。案の定、魔女ファッションを集めたギャラリーページが見つかった。その画像をドラッグ&ドロップで<Angle3>の公開ライブラリのフォームへ次々放り込んでいく。QRコードアクセサリーはミラーに履歴が残っているかも。URLが取り出せたらそれは視星の問い合わせページに投げつけてやる。

「世界を映す」「と」「世界を視る」「が」「もっと」「溶け合う」

 今度こそ、あの魔女が北欧風きれいめコーデで大人しくコーヒーを飲むのをあのカフェでのんびり眺めてやる。
(了)

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「2050年のVR」はいかがでしたでしょうか?
引き続き様々な未来をお届けしていきます。お楽しみに!

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