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【小説】あいつがやってくる

深夜2時、もうそろそろ寝よう。
明日は7時に起きて会社に行かなければならない。
せっかくの休日をほとんどゲームをして過ごしてしまった。
ここで切り替えないと明日の仕事に影響が出てしまう。
洗い物をして、歯磨きをしてから寝たい。
寝る前に洗い物をやってこそ、自立している人間だ。

「ここでそのまま寝る奴は、ママのおっぱいでも吸ってな!」

つい声に出して言ってしまった。
”この部屋には誰もいないのに。”
恥ずかしい。
お酒の力もあったのかな。
でも意外と声に出してみるのも悪くないかも。
そんなことを思いながらキッチンへ行く。

夜に食べた唐揚げの皿や茶碗が無造作に置かれている。
すべての皿が自分のためだけに使ったと思うと泣けてくる。
「これがもうひとセットある暮らしになればな~」
また声に出して言ってしまった。
これに関しては恥ずかしさはない。
ただただ悲しいだけだった。

洗おうとすると生ごみがある三角コーナーに違和感を感じた。
違和感といってもすごく嫌な方の違和感だった。
おそるおそる視線をやると何もなかった。

変に考えすぎたかな。
そう思った次の瞬間。
足元の方で何か黒いものが通り過ぎた。

思わず鳥肌が立ってしまった。
違和感は確信に変わってしまった。
もう俺は覚悟を決めた。
退治するまでは今日は寝れない。

そう思った俺はまず駆除スプレーを探す。
まずは洗面台の下だ。
あそこにはいろんなものが入っている。
あそこには必ずあるはず。
そう思っていたが見つからない。
「ここじゃないのか」

次にあるとしたら玄関周りか。
あそこは汚くなってもいいようなものが下駄箱の中に眠っていたりする。
しかし、見つからない。

最後はあれか。
テレビの横とか冷蔵庫と食器棚の隙間か。
普段は使わないから追いやられて変なところにあるのか。
いや待てよ。
そんなところ探していたらバッタリ遭遇してしまう可能性がある。
しかもそこにないとなるとスプレー探しでだいぶ時間を使ってしまう。
となるとコンビニに買いに行った方が早く退治できる可能性が高い。

そう思った俺はダッシュでコンビニに向かう。
一番近いコンビニでも徒歩5分かかる。
こんなところで時間を使うわけにはいかない。
だが急いで家を出てきてしまったため素足にスニーカーを履いて出てしまった。
足の裏が痛い。
こすれて靴擦れのような感覚になっている。
「なんでこんなことになってんだ!」
急いでスプレーを買った俺は、痛い足はお構いなしに全速力で家へ帰った。

家についた俺は最大の問題に直面する。
あいつはどこだ。
俺が仕留めるあいつはどこにいる。
決して綺麗とは言えないが、整理整頓されている俺の部屋には、物をしまうための家具が多すぎた。
タンスや本棚、CDラックにカラーボックスまで。
こんなに家具が多かったらその分隠れられる場所が多すぎる。
「こんなところで力尽きていいのか!」
自分に問いかける。

まずはキッチンへ向かった。
あいつと初めて遭遇した場所だ。
おそるおそるシンクをのぞき込む。
そこにはまだ一つも手を付けていない洗い物の姿だった。
「そうだ。まだなにもやっていないんだった。」
ここで洗い物をしていればまた同じように現れるかもしれない。
そう思った俺は洗い物を始めた。
「普通のやつだったら怖くて手が出ないだろう。しかし俺は違う!
フハハハハハ!」
声に出して叫んでいた。
深夜3時を迎えようとしていた。
怖かったんだろう。
こうでもしていないと自分の気持ちが押しつぶされそうだった。

しかし、まったくあいつは現れなかった。
拍子抜けしてしまった。
なぜかそのまま歯ブラシを取りに行っていた。
歯ブラシを取った俺はテレビをつけ、スマホを見ながら歯磨きをし始めた。
自分でも意味が分からなかった。
こんなにも冷静で、いつも通りの生活ができていることに驚いた。

そのまま歯磨きも終わってしまい、床についた。
いつも寝るときは豆電球にしている。
夜にトイレに行きたくなっても周りが見れるし、なによりこれしか寝たことがない。
電気を消して、目をつむる。
4時間くらいしか寝られないのか。
「?????????」
我に返る。
そんな悠長なことを言っている場合ではない。
その時だった。
目を閉じていても認識できるこの違和感。
「あいつだ!」

布団を飛び出し、先ほど買ったスプレーを手にして待ち構える。
まだこの辺りにいるはず。
でもできればこの辺りで仕留めたくはない。
寝る場所に近いと仕留めたとしても違和感が残り続ける感じがするから。

すると自分の後ろの方でそれらしき物体が通るのを感じた。
パッと振り返るもなにもない。

全神経を集中させる。
視覚、聴覚、嗅覚、感覚を研ぎ澄ませる。

なぜかタンスの後ろの方に違和感を感じる。
まだ確証はない。
おそるおそるのぞき込む。
「いた!」
見つけた瞬間にスプレーを噴射するが奥の方に逃げ込んでしまった。

奥の方となるとカラーボックスの裏あたりか。
「こちらの方が先手に回り込める。なぜかって?家主だからだよ!」
今回ばかりは声が出ない。
そう。
たった今足の甲の上を通り過ぎたんだ。
人間は恐怖がピークになると声が出ないんだな。
と思うと同時に目一杯スプレーを噴射した。

気が付くとあいつはフローリングの上でひっくり返って動かなくなっていた。
と同時に足の裏が痛くなってきた。
そうだ、コンビニ行ったときに擦れてそこにスプレーがかかったからだ。

気が付くと外が明るくなっていた。
「夏の朝は明るくなるのが早いんだな」
しっかりと声に出して言えていた。

次の日の朝。
9時に目が覚める。
大遅刻だ。
急いで準備して駅までダッシュする。
足の裏の痛みは増すばかりだった。


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