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みらいのファッション人材育成プログラムで採択事業者が目指すべきこと【レクチャーレポート vol.1・前編】

本記事では、「みらいのファッション人材育成プログラム」の支援の一環として、採択事業者に提供されるレクチャーの内容の前編をレポートします(後編はこちら)。2024年7月下旬に実施された第一回目のレクチャーでは、アドバイザーである京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構の水野大二郎教授をお招きし、サーキュラーデザインをテーマに、本プログラムの目的や背景の説明に加え、文化創造産業の視点からこのプログラムの意義を読み解いていただきました。



現在の延長線上ではなく、望ましい未来から「今」を描こう

第一回目のレクチャーを担当する、京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構の水野大二郎教授

水野:ではまずいくつかの図を通して、本日のレクチャーの目的をみていきたいと思います。

1つ目はおなじみ「PPPP」といわれる図です。私にはおなじみじゃないと思った人は、今日からなじみになってください。三角形の左側の頂点が今の状態で、右側が未来の状態を表しています。

引用:アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー『スペキュラティヴ・デザイン』

水野:「Possible=起こりうる未来」「Plausible=起こってもおかしくない未来」「Probable=起こりそうな未来」「Preferable=望ましい未来」など、さまざまな未来のシナリオを視覚的に示したものです。未来洞察(フォーサイト。未来予測ではなく非連続的な未来のきざしをとらえ、望ましい未来を描き出していく手法)を行う人々の間では、「フューチャーコーン」とも呼ばれています。近視眼的な視点に囚われることなく、未来を幅広く見渡し、どのような未来が望ましいかを議論するために使用されています。

現在の延長線上であり、最もありうる可能性が高いとされるような未来を捉えようとすると、いわゆる統計的なデータをもとに、過去から現在を見ながら「未来はこうなるだろう」と予測するため、飛躍を求めるようなアイディアが出しにくくなります。しかし、今日の社会技術的な動向、あるいは気候変動のあり方などを踏まえると、未来予測は段々と当たらなくなってきているのではないかともいわれています。

デザインの世界では「スペキュラティヴデザイン」と呼ばれる、「今はありえないかもしれないけれども、起こるのであればどのようなインパクトが私たちにあるのだろうか」ということを考えるためのデザインがあります。すなわち、現在から未来の方に向かっていくフォーサイト型の発想を、現在とは非連続的で急進的な変化を描く「問題提起」のためのデザインとし、そこから「対話」を通し、望ましい未来から現在に引き戻して考えるバックキャスト型へと移行する、というデザインです。先にありうる未来を考え、そこが本当に望ましいのか、また、現在にどう戻るかを考えるためのデザインともいえますね。PPPP図はスペキュラティヴデザインにおいて、このような未来と現在のギャップや往来のモデルを考える際に使われることが多いです。

本事業で目指すべきは、短いスパンで発生する“予測可能性が高いと思われる、現在の延長線上にある未来”を描くことではありません。そこに事業を位置づけるのではなく、少し飛躍したところに未来を描く必要があるだろうと考えています。


スケールを行ったり来たりする視点を前提に持つ

Kyoto Creative Assemblage Summer Program 2024 [開催:京都大学、2024年7月9-10日] において、オーストラリア・メルボルン大学のDan Hill 先生が発表されたダイアグラムを元に作成

水野:図の右の方では、例えば、地球規模の問題に対するEUのエコデザイン規制案や国連のような大規模な組織がうたうSDGsなど、そういった「国際機関」のようなスケールの話が当てはまります。それに連動し、経済産業省、環境省、消費者庁をはじめとする「国」の中央省庁からさまざまな形で政策が打たれていきます。そして、そういった動きと紐づく形で「自治体」による多種多様な活動が組織されていき、より私たちに近い市民、住民に近いところで公共的なサービスが立案されて実施されていくわけです。

もう少し小さな「地域・共同体」のスケールになると、地域共同体やコミュニティのような市民参加型の活動が出てきます。そうすると、より個人の能動的な参加が求められるようになります。企業に所属している場合は「企業」に、最終的には「個人」ということになります。

これはサーキュラーエコノミーの話に限らず、ありとあらゆる局面において今日検討されるべき課題です。公共性のあるサービスや事業を企画・立案して実行しようとするときに求められるのは、点で攻めるということではなくて、このスケールを行ったり来たりする視点を持つということです。スケールを行ったり来たりすることを可能にするデザインが、通称ストラテジックデザイン、戦略デザインといわれるものです。

水野:しかし一方で、ビジネスの側面が強かったことも一因としてあり、デザイン業界でもまだ一般的な言葉として流通はしていません。とはいえ、サーキュラーエコノミーを例に挙げると、さきほど言及したエコデザイン規制のような話があって、「それが日本でどういった形で応用されていけばいいのか」ということを、経済産業省 製造産業局 生活製品課が繊維産業小委員会を設置して検討を進め、政策としてどのように打とうかといったことが検討されています。

細かな地域レベルの活動に目を向けると、徳島県上勝町や神山町ではゴミの回収率が非常に高く、80%を超えています。もちろん四国だけではなく、鹿児島県大崎町などでも同じことが起きています。そういった活動が、地域主体の一つの文化として表れているんです。リサイクルを促進するために「100品目以上の分類を、みんなでうまくやっていきましょう」「隣の町よりもゴミの量を減らしましょう」など、人々が団結するような活動はこういった地域のスケールで起きたりしています。

これと同時に、サーキュラーエコノミーの文脈で企業活動を考える際には、必ずしも自社で製品を開発、回収、リサイクルをするだけではなく、出回っている製品をいかに企業が効率よく回収するかという“消費者の無意識的な行動を喚起するような回収のタッチポイントを、サービスデザインとしてどう作るのか”という視点も重要だと思います。

水野:このスケールでもう少し考えてみましょう。サーキュラーエコノミー関連の事業は一企業で成立することは到底あり得ませんので、どうしても垂直統合するか水平統合するかという議論になります。水平の場合は同業種の連携で、より合理的に効率的に回収する、統合的な製品開発指針を持って回収しやすくするといった白物家電や自動車業界がやっているようなモデルを参考に、ファッション業界でも進める必要が出てくると思います。垂直型の場合は、材料開発をしている企業と、静脈産業と呼ばれてきた回収や分別を手がける企業のみならず、真贋判定、洗浄、修理、再販、再製造を手がける企業とも提携していく話になるかと思います。いずれにせよ企業間連携の重要性が増すわけです。

最後は個人の単位ですが、これはもちろん修理する権利の話も含まれるのかと思います。いかにして、メンテナンスにより長寿命化をはかれる製品を作るかという視点です。また、メンテナンスができることをうたう、取扱説明書を作ってWebで公開するといったタッチポイントを作ることはもちろん、「洋服の病院」のような企業と連携してサービスを提供している企業も既に出はじめています。ほかにも、状態は良いが着なくなってしまった洋服を他の人に渡すということでECが非常に伸びていますが、このように二次流通市場をいかに活用してもらうのかを考えることも非常に重要になってきています。そのため二次流通市場の事業者は、さまざまな形で、面倒を感じることなく人々に出店や出品をしてもらうためのインセンティブを提供しています。

ここまで階層ごとに説明しましたが、図に立ち戻って考えると各階層が連携していることは十分におわかりいただけたかと思います。このように、視点をズームインして左に寄せたり、ズームアウトして右に寄せたり、地続きで行ったり来たりしないといけないといった認識が、今日のデザインの領域において重要なものとなってきているんですね。


部分から全体まで、すべてはつながっている

水野:さて、3つ目の図にうつります。また同じように右に広がっているんですが、左側に「部分的」、右側に「全体的」な視点が配置されているこの図では、部分と全体の間を行き来することで、より複雑な全体像を理解する必要性を示しています。ここでも、2つ目の参加型と代表制の図と同様に、ズームインとズームアウトを繰り返しながら考える姿勢が求められます。

Hill, Dan & Candy, Stuart. (2019). Change the Model. Journal of Futures Studies. 23. 123-128. 10.6531/JFS.201906_23(4).0013. を元に作成

水野:まず最初に考えるべきところはもちろん「材料」です。原材料の調達から加工された材料までさまざまな原料・材料があります。次にくるのは、例えば服など、加工後の「製品」です。一般的に「優れたデザインですね」といわれるときに差すのは、大体この範囲です。

しかし、問題はここから先で、特に日本ではデザインという言葉が使われるときに大体モヤっとする理由が右の範囲の話にあります。まず出てくるのが「インタラクション」。ボタンを押したら光ったり、「しばらくお待ちください」などと表示されたりしますね。人間と機械の相互作用は、今まで人類が見たことも体験したこともなかったことであり、コンピューターが民生機として日常生活に加わったことにより始まった大きな問題でもあります。さらには、そのインタラクションが、デジタルやフィジカルを問わず複数あり、そして複雑に絡み合って作られるのが「サービス」になるわけです。例えばUber Eatsをイメージすると、デジタル上で支払いが完結し、料理を待っている時間に不満が溜まらないように到着予想時刻を伝えるインターフェースなどが組み込まれています。

サービスのデザインは2000年代以降にいろんな形で登場しました。そして、一次産業、二次産業に続く三次産業としてのサービスは、私たちの都市生活を支えてくれている産業の一つとして非常に重要になっています。一方で、優れたサービスを指して「優れたデザインだ」と言う人はあまりいません。こういった状況を変えていく必要が出てきているのが今の日本の状況だと思います。「高いデザイン性=見た目がかっこいい」と多くの人が捉えている限り、デザインはそれ以上の価値を創出できないですよね。もしかしたら、わざわざデザインという言葉を使わなくてもよいのではないか。ただし、その新しい価値創出とは何なのかを説明していく必要があると考えます。そして、そういった価値創出の最後にくるのが、ストラテジー、あるいは「ポリシーデザイン」といわれる領域です。

水野:このポリシーデザインというキーワード自体は特に真新しいものではありません。公共政策学の分野では「政策デザイン」という言葉がさんざん使われてきています。ポリシーデザインは、必ずしも国連の職員となって大きな政策を打たなければいけないわけでも、中央省庁で国家公務員として仕事をしないとできないわけでも、地方自治体の中で頑張るというのもなく、さまざまな階層にまたがった全部であり、それぞれのフェーズに異なるポリシーデザイナーが存在しています。コロナ禍に行政からもアプリがいろいろと出ましたが、そのアプリを作るベンダーであったり、上流の政策立案をする官僚だけがポリシーデザイナーではありません。階層ごとに異なる役割を持って存在しているのです。

重要なのは、図の右の全体の方に向かっていけばいくほど、デザインされるべき対象が、非常に包括的になっていくということです。つまりそれ自体が戦略=ストラテジーに等しく、これがストラテジックデザインそのものということなのです。

ストラテジックデザインについてはここではあまり説明しませんが、いかにして重要な利害関係者を巻き込んで、アジェンダ設定をするためのミッションやパーパスを作り、そのための組織をデザインしたうえで、そこに向かってどのような未来を設定してそこにどう近づいていくのか。そして、そのために必要な製品やサービスはどのようなものなのかを定義しながら進めていく、巨大領域になっていくわけなのです。

水野:部品、材料、製品などの領域からするとあり得ない発想だと思いますが、ポリシーデザインはそういった意味で、100%の市民が満足することはあり得ないものです。

かつては「たくさん売れる」、つまり多くの人のニーズや願望を満たすことこそよいとされ、そういった価値を指標にデザインをしていくのがデザイン教育の現場でした。そこから、“今まで排除されてきた人たちをいかに包摂するか”という発想に進んできたわけですが、規模が大きくなればなるほど、多様な利害関係者を巻き込んでいくことになるので、100%全員のニーズを満たすということ自体がそもそも不可能になってきます。そのため、規模が大きな事業を行おうとする場合には、その包括的な領域の流れやうねりの中で、「できるだけ多く」ではなく、「過半数の」仲間を作り出すといったことが現実的には重要視されるのではないでしょうか。

したがって、3つ目の図においてもズームイン&アウトする視点を持ちながら、定義しやすくて問題解決も比較的しやすく、成果もわかりやすいと考えられてきた「部分」の話から、成果が非常にわかりづらく、巻き込む人も多い、包括的で規模の大きな「全体」に向かって、デザインは今拡張を遂げているとまずは知る。そして、この拡張を成し遂げようとするとき、この図の右と左は、お互いを必要としながらつながっている状態であることを、私たちは認識しておく必要があるというわけです(後編へつづく)。


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