竜がとつぜん(1)

 土日の峠の駐車場ときたら車好きの人たちで満杯だ。いわゆる〈走り屋さん〉も多く、そこまでの山道をハイペースで走る車も多い。こちらもそんなに遅くはないと思うが、30年前の老機体で現代のハイパフォーマンス車に張り合っても無意味なので、後ろに付かれたらさっさと4灯焚いて譲るようにしている。要は他の車輌と一緒に走るのが苦手というか、気兼ねなく自分のペースで走りたいだけなのだ。ならばサーキットへ行きゃいいという向きもあるが、コストの問題に加え、あれはあれでたくさんの人達と接触しなくてはならない。まがりなりにも人間相手の商売で食っているので、遊びのときくらい独りになりたいのだ。まあ、そうは言ってもうまく時間が空かないこともあるから、今日みたいな試走目的の場合は駐車場入口でUターンしてとっとと撤収するようにしてる。どうせ混んでてトイレもすぐには使えないことだし。
 ぼくは小旅行に人との出会いなぞ求めていない。そんなもの鬱陶しいだけだ。独り自室にこもって小説や映画を鑑賞して脳内トリップしてりゃ済むのだけれど、たまにはリアルもいいもんだからね。
 ところで小旅行というと〈低名山〉みたいな感じだが、さらに手近なレベル、たとえば最近だと車で30分くらいの鄙びた街道沿いで見つけた郵便局がお気に入りだったりする。とくにレトロ調とかじゃなくてごく普通の現代的な小規模局なんだが、広めの駐車場はいつもがらがらで、客なんかもあまり入ってない。でもなんとなく同一の振動数というか、ギターの調弦でハーモニックスが一致するような感覚がした。それで、ちょっと思いついて、過去に幾度か出してみたけど(たぶん)届かなかった相手に近況を知らせる手紙をしたため投函してみたところーーひと月ほど経ったある日、レターパックが届いた。差出人の欄は無記名だったけれど消印は富士山郵便局のものだった。開封すると大人の手掌大の鱗が1枚入っているのみ。厚さ3cmほどで乳白色のそれは空調の風に吹かれると変色するように見えたので、ためしに真ん中あたりへ強く息を吹きかけると燦々と金色に発光しはじめ、裡から《枳哩》の2文字が黒く浮き出てきた。間違いない。あいつだ。
 あの時ーー60年前の西暦2000年01月01日06時46分ーーに伊豆半島上空で邂逅した、富士山火口に住まう竜?である。

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