素人の特権

 落語に出てくる若旦那の鍼とかそういう手業についてよく言われるのが、
〈好きこそものの上手なれ〉
〈下手の横好き〉

 職業適性としては逆なんだが、その種目を「好き」という点は共通してる。ただし、ここでいう適性有無=上手か否か、であるがその程度については不明だ。万人が認める(をどこで誰が判定するのかが悩ましいが)名人上手なら文句なしの有適性だろうが、ではその他大勢はペケかというと、そうではない。そうなるとその職種自体が成り立たなくなるからだ。それで多くの職種で技能のランクが設定されており、選別のための試験が行われている。そしてそこの最低ランクに入れない場合は適性無しと判定されるわけだ。で、あたしが思うに〈下手の横好き〉というのは職業適性に好き嫌いは無関係だと言うとるのではないかと。
 よくある名人クラスの親方の談話で「器用ですぐうまくなる者は精進が続かなくて結局モノにならんことが多い。多少不器用なくらいが結果的に大成する」てのがあるけれど、この〈多少〉というのが重要なポイントで絶望的な不器用ではいくら努力しても焼け石に水、砂漠の一滴というものだ。だからこそ素質の多寡を見抜いて場合によっては転職を勧めてくれる存在は重要で、尊敬する師匠に諭されれば諦めもつくというもの。往々にして自己評価は甘くなりがちなので。逆に、好き嫌い関係なしに一定レベルをクリアできる素質があるならやめろとは言われないだろうし。

 ここまでは職業レベルのはなしで、〈モノにならんならやっちゃいかん〉わけでは、もちろんない。好きなら存分にやってみりゃいいし、飽きたらやめればいい。〈継続は力なり〉などという文言に騙され、漫然とつづけて限られた時間を無駄にするくらいなら他の面白事を見つけたほうがいいし、他人からとやかく言われる筋合いもない。
 やめたからといって面白かった記憶までなくなるわけではないのだから。

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