竜がとつぜん(2)


『窓の外に竜がいる!!』
 懸命に訴えたけれど、同乗の両親をはじめ誰もとりあってくれなかった。皆から相手にされずじたばたするぼくをじっと見ていた竜がとつぜん、指を口に当てて「しぃーっ」の合図をしてきた。そして緊張でこわばりながらもなんとか頷いたぼくにニイッと笑いかけるや身をひるがえし、金色の蛇腹をくねらせつつ富士山方向へ飛び去ってしまった。      

 これが当時9歳のぼくが伊豆半島上空の大阪行旅客機内で遭遇した出来事だ。その後何事もなく到着した機体の横腹に巨大な梵字のような引っかき傷がみつかり、画像がネット上に流れてちょっとした騒ぎになり航空機会社はかなり本腰を入れて調査したものの結局原因はわからず、実被害もなかったことからわりとすぐに人々の記憶から消えていった。ただし月刊〈ウー〉だけは特集を組んで、機体の傷跡は悉曇(しったん)というインド語の音写文字に酷似し、それぞれ『き』『り』と発音するがその意味は不明。文字の可能性が高いことから自然現象とは考えにくく、なにものかの意図的な事象ではないかと書かれていた(父は〈ウー〉の愛読者で定期購読していたのだ)。それを読んでなおのこと、竜が自分の呼び名をあの爪で刻みつけたのだと思えてならなかった。というのも当時のぼくは絵本のエルマーシリーズにハマっていて、機会があれば自分も竜と知り合いになりたかったのだ。でまあ、いろいろと考えたあげく竜に手紙を出してみたいと父に相談したのだが、彼はべつだん動揺するでもなく(というか息子にだけ竜が見えたのを羨ましがっていたふしがある)いろいろ調べてくれて、とりあえず宛先を

 〒418-0011 富士山頂大内院

に、宛名は例の2文字にしてみた。結果はご存知のとおり梨のつぶてだったが、不思議なことに宛先不明での返戻もされなかった。郵便局に問い合わせてもみたが、そもそも受領記録が確認されず忽然と姿を消したとしか言いようが無いらしかった。その後、何度かトライアルしてみたがおなじ結果だったのと、中学・高校と自分ごとが多忙となるにつれ興味もなくなってしまった。
 それが今回、突然の返信があって一気にフラッシュバックしたわけで、長生きはするもんだというか、なんというか。


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