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「拙速な引き締め避けよ」 植田語録で占う日銀の針路~日銀はそれでも緩和を続ける?~【日経新聞をより深く】

1.「拙速な引き締め避けよ」 植田語録で占う日銀の針路

政府が日銀の次期総裁に起用する方針を固めた植田和男氏(経済学者で元日銀審議委員)はどんな考えの持ち主なのか。日本経済新聞への寄稿やインタビューから過去の発言を振り返ると、10年間の異次元緩和をどう修正していくかのヒントがある。

植田氏は日本を代表する金融政策の研究者で、1998年4月に東大教授から日銀審議委員に転じて、05年4月まで7年間務めた。黒田体制での異次元緩和政策は国債の利回り曲線が大きくゆがむなど制度疲労が目立つ。次期総裁の最初の役割は長期緩和の効果と副作用を検証して、政策修正の手順を描いて軟着陸させることにある。

▼「金利引き上げを急ぐことは、経済やインフレ率にマイナスの影響を及ぼし、中長期的に十分な幅の金利引き上げを実現するという目標の実現を阻害する」(2022年7月、「経済教室」への寄稿)

植田氏は日銀の緩和政策をどう導くのか。22年7月に同氏は「日銀、拙速な引き締め避けよ」と題して日本経済新聞の「経済教室」に長文を寄稿している。文中では「日本における持続的な2%インフレ達成への道のりはまだ遠い」と指摘しており、政策金利の引き上げには慎重な姿勢をみせている。

植田氏は日銀審議委員だった2000年8月、執行部主導でゼロ金利解除を決めた決定会合で、審議委員としてあえて反対票を投じている。11年10月の日経新聞「人間発見」では当時の心境について「物価上昇率はまだマイナス。リスクをとる必要はないと考えました」と明かしている。

▼「難しいのは、長期金利コントロールは微調整に向かない仕組みだという点である。金利上限を小幅に引き上げれば、次の引き上げが予想されて一段と大量の国債売りを招く可能性がある」(同)

植田氏は黒田体制の異次元緩和をそのまま引き継ぐわけでもなさそうだ。とりわけ制度設計に難があるとみているのは、10年物国債利回りに上限目標を設定している「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」だ。世界的な長期金利上昇によって投機筋の国債の空売りを招き、日銀は防戦一方となっている。

▼「多くの人の予想を超えて長期化した異例の金融緩和枠組みの今後については、どこかで真剣な検討が必要だろう」(同)

植田体制が実現すれば、異次元緩和の効果と副作用の早期検証が求められる。上場投資信託(ETF)の購入といった中央銀行としては極めて異例な策もとっており、異次元緩和は緩やかに解体に向かう可能性もある。

▼「金融政策の効果が出なかったのはなぜか。様々な構造問題により日本の成長力が下がり、中立金利(経済を刺激することも冷やすこともない金利)が低下したためだ」(22年5月、インタビュー「複眼」)

黒田体制は大規模緩和によって人々のインフレ予想を引き上げるという「リフレ派」が政策決定の一翼を担った。米国の主流派経済学者が唱える「金融政策万能論」がその思想の背後にあるが、植田氏の発想は異なる。

植田氏は日本の潜在成長率をまず高めなければ、ゼロ近傍の中立金利が上がらず、結果的に政策金利の引き下げ余地も確保できないという論陣を張る。潜在成長率を高めるためには「例えばデジタル分野での出遅れを取り戻すための教育や学び直しは重要だ」などと指摘。政府の構造改革に期待を寄せる。

19年10月のインタビューでも「日銀はすぐに実行できて効果の大きい政策をほとんど持ち合わせていない。だから金融緩和だけでなく、同時に財政出動で支えてもらうのが一番良い選択肢ではないか」と答えている。

(出典:日経新聞2023年2月11日

2.金利上昇が始まっている

1980年からバブル期を除いて40年余り下落基調を続けてきた国債金利が2021年8月から上昇基調に転じました。

(出典:TRADING ECONOMICS/日本10年物国債)

そして、22年9月からは上昇ペースが加速した上に、10月からは長期国債の取引不成立が増えており、国債金利は制御不能に陥ることがしばしば出ていました。

長期金利の指標である10年物国債金利は21年8月4日の0.07%が、23年1月17日に日銀が定めた0.5%を超え、0.512%へと73倍も上昇しました。同じ期間に、8年物国債金利は0.105%から0.604%へ5.8倍上昇し、9年物国債金利は0.052%から0.0598%へ11.5倍上昇しました。どちらも10年物国債金利を上回っており、長期金利逆転が生じています。

さらに、20年物国債金利は同期間に0.379%から1.344%へ3.5倍上昇し、30年物国債金利は0.634%から1.546%へ2.4倍上昇し、40年物国債金利は0.723%から1.673%へ2.3倍上昇しました。

その結果、国債の残存期間と金利(イールドカーブ)との関係を表すイールドカーブ(利回り曲線)は、右上がりの正常な形ではなく、10年国債のところで凹んだ、歪んだ形となって、上方へとシフトしました。

かつて日銀は、預金準備率や公定歩合を調整することによって、金利を間接的に誘導していました。しかし、「2%の物価上昇を起こしてデフレーションから脱却する」として、日銀が政府と一体となって量的・質的金融緩和(QQE)を発動した13年4月4日以降は、長短各種の国債を積極的に市場で買い入れることで、各年限の国債の金利を直接に押し下げ、イールドカーブ全体を低く抑え込んできました。

2.国債の「取引成立せず」が頻発

特にターゲットとする10年国債金利がゼロ%程度で推移するように、上限を設けず必要な金額の10年国債を買い入れてきました。さらに、16年9月21日から日銀は、満期が1年未満の短期国債の金利を上限0%の範囲に、新規発行10年満期国債の金利を上限0.25%の範囲に、それぞれ抑え込む長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)を続けてきました。

しかし、21年8月から、満期が5年から40年の各年限の国債利回りが上昇し、22年9月16日からは10年国債金利が上限とする0.25%を超えて上昇しました。9月26日からは9年国債金利が10年国債金利を逆転して上回り、財務省が10年国債を新規発行しても債券市場で買い手が現れない「取引成立せず」の事態が頻発するようになっていました。昨年10月には4営業日連続で12月には5日、6日、8日、12日、19日で「取引成立せず」となりました。

国債金利が低すぎる、それはすなわち国債価格が高すぎると市場で判断された結果、日銀は12月20日、10年国債金利の上限を0.25%から0.5%へ引き上げる実質的利上げを余儀なくされました。

しかし、今年1月5日になると10年になると10年国債の利回りが0.508%となり、日銀が上限としている0.5%を超えました。同時に8年国債金利が0.510%となり10年国債金利を上回る長期金利逆転が再び起きてしまいました。

10年国債が再び「取引成立せず」となると、日銀は10年国債金利の上限引き上げを余儀なくされ、金利上昇が続くことになります。この状況を見越したように、財務省は1月6日、2月15日発行予定の個人向け国債の10年変動金利型の金利を15年8月以来7年半ぶりの高い水準である0.33%に設定しました。

3.日銀が市場を歪ませている

量的・質的金融緩和を通じ、日銀は大量の長期国債を買い入れてきたことで、日銀の総資産は12年12月には158兆円であったのが、22年12月には国内総生産(GDP)をはるかに超える704兆円へ10年で4.4倍に膨張しました。

(出典:TRADING ECONOMICS/日銀総資産

また、量的・質的金融緩和を発動直前の12年末に11.48%であった日銀の国債保有比率は、22年9月末に50.26%となり、「政府と日銀の一体化」あるいは「日銀の子会社」が進行しました。

さらに日銀は、23年1月に17日までのわずか9営業日で国債の買い入れ額が、これまで最高だった22年12月の17兆266億円を上回っています。

1月23日には、国債や社債を担保に銀行などに5年間資金を貸し出す「共通担保資金供給オペレーション」を実施しました。5年物国債などへの投資を促して国債利回りを抑え込もうとした結果、1月16日には0.510%だった10年物国債金利は23日に0.396%に低下しました。しかし、1月30日には「取引成立せず」となり、金利抑制に苦慮しています。

日銀は10年から行ってきた上場投資信託(ETF)の買い入れを量的・質的金融緩和で一段と加速させました。その結果、日銀は現在約36兆円(簿価ベース)の株式を保有しています。中央銀行が民間企業の株式を購入する事例は他の主要国ではありえません。これは競争市場を麻痺させてしまっているといえる減少です。

4.持続不能な政策

日銀による人為的な超低金利と株高は、慢性的に低収益ないわゆる「ゾンビ企業」を温存させ、企業の新陳代謝を阻害したといえます。その結果、世界の時価総額の上位ランキングから日本企業が姿を消していきました。メガバンクは割高な10年債を中心とする長期国債を保有しなくなり、地方銀行や信用金庫などの地域金融機関が主要な保有主体となっています。

国債の金利上昇(価格下落)により地銀や信金は、保有する国債の含み損が生じ、貸し出し余力が低下します。今後、その影響が地域経済に及ぶのは必至です。国債を発行している政府は、国債金利が上昇すれば利払いが増加し、すでに苦しい事情の財政がさらに苦しくなります。

実際、財務省が昨年の1月に発表した「後年度影響試算」は、国債残高が31年度末に22年9月末比18.1%増の1173.08兆円となり、利払い費は22年度比8割増の15.37兆円となると予測しています。利払い費の増加率が国債残高の増加率を大きく上回るのは国債残高がすでに巨額だからです。

22年9月末現在、約1283兆円に達する債務残高も、歴史的な低金利を前提としています。「現在の政府債務残高の名目GDP比が200%を超えるという極めて高いというか異常な状況は持続不能である」と13年3月28日の参議院財政金融委員会で述べたのは、黒田東彦総裁でした。

5.日本は衰退途上国か

政府債務残高の名目GDP比は、10年に205.7%であったのが、12年には226.1%となり、22年には256.9%となっています。「異常な状況」が拡大しつつ持続されてきたのは、歴史的な低水準の金利がさらに低下し続けたからでした。歴史的低金利は政府から財政規律を喪失させました。増税による財源確保も将来の返済計画も皆無のまま、新型コロナウイルス対策に総額293兆円を支出したのに続き、財源を明確にしないまま防衛費を5年で2倍の約43兆円にする計画を国際公約してしまったのは、その証左でしょう。

防衛費倍増の一部を増税で賄うとしていますが、戦後日本では増税と並行し必ず減税措置が行われ、ネットで増税が行われたことは一度もありません。中央銀行が政府の子会社化するのも、政府が財政規律を喪失するのも、自国通貨建て国債は無限大に発行できるとするMMT(現代貨幣理論)」が拡大するのも、主要国では日本だけです。

これは、発展途上国から先進国となった日本が、今では「衰退途上国」となった原因でもあり、結果でもあるといえそうです。

「日本経済が金利上昇リスクにさらされている」と後藤茂之経済再生担当相は1月24日に危機感を露わににしました。

政府は金利抑制を継続したいという意図から、植田和男氏を人選していると思われます。しかし、金利はもはや制御不能ではないでしょうか。

日銀の政策が緩和継続だとしても、金利上昇圧力は止まりそうもありません。この人事で今後、日銀はどの道をとるのか。いや、どの道を選択しても、もはや、制御不能の金利は、日本に大きなショックをもたらすのではないでしょうか。

未来創造パートナー 宮野宏樹
【日経新聞から学ぶ】

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