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円安を考える。米国との金利差だけはなく、経常収支から見てみよう。

1.ドル/円の為替レート

2022年9月7日の外国為替市場で円相場は一時144円台をつけ、1998年8月以来およそ24年ぶりの円安・ドル高水準を付けました。

米国のFRB、ECB(ヨーロッパ中央銀行)、イングランド銀行、オーストラリア準備銀行をはじめ、世界の中央銀行が利上げを行っています。しかし、日銀は大規模金融緩和の政策を維持したままです。そのため、金利差が開き、円が売られ、歴史的な円安となっています。

出典:Trading Economics

2.円安・円高の要因とは?

代表的な円高、円安の変動要因を見てみましょう。

  • 経常収支

例えば、企業が日本から米国への製品輸出を増やすと、米国からの受取代金が増加するため、経常収支の黒字幅は拡大します。企業は受け取ったドルを円に交換しなければならず、ドルを売って円を買う取引を行うため、ドル安円高の要因となります。

一方、経常収支が赤字になると、円安ドル高の要因となります。

  • 経済状況

GDP(国内総生産)成長率や、雇用環境などから、景気が良好と判断された国の通貨は買われる傾向があります。例えば、米国の景気が良好と判断されると、円安ドル高の要因となります。

二国間の金利差
一般的に、金利が高くなった国の通貨は買われ、金利が安くなった国の通貨は売られる傾向があります。

  • 政治要因

その国の政治が不安定になれば、海外からの資金は流出し、その国の通貨を売る傾向が強くなるため、通貨が安くなることもあります。(例:テロや紛争の発生等)

その他、物価や為替介入等が為替市場の変動要因としてあげられます。

これらの中で、この記事で注目するのは「経常収支」です。日本の経常収支は悪化しており、為替の変動要因としては円安に傾きやすくなっています。

3.経常収支とは?

経常収支とは、外国との貿易や証券投資による収益等の収入と支出の差をいいます。収入が支出を上回れば経常黒字となり、支出が収入を上回れば経常赤字となります。経常収支は通常、次の収支の合計から求められます。

経常収支=貿易・サービス収支+第一次所得収支+第二次経常収支

(出典:財務省HP/用語の解説

4.別の視点から見る経常収支

経常収支=(政府収入-政府支出)+(民間貯蓄-民間国内投資)

  • 政府収入-政府支出=政府収支

政府の収入である歳入(税収等)と、政府の支出である歳出(社会保障や公共事業費等)の差のこと。

  • 民間貯蓄-民間国内投資=民間収支

企業や家計の金融資産の増減と、負債の増減の差のこと

上記の経常収支を表した式の右辺は、民間と政府を合わせた国全体の資金供給と資金需要の差額、すなわち貯蓄・投資バランスを示しています。民間があまり投資をせず、政府も支出を抑えると、右辺はプラスになります。国は資金余剰となります。その資金余剰と経常収支は等しくなるのです。

これまでの日本は経常収支が黒字でしたが、それは政府支出の赤字(財政赤字)を、民間収支の黒字がカバーしている状態だったということです。

5.日本の経常収支

2022年9月8日に財務省が発表した7月の国際収支統計(速報)によると、経常収支は2290億円でした。黒字額は前年同月と比べて86.6%減少し、7月としては比較可能な1985年以降で最小でした。

(出典:財務省HP/令和4年7月中 国際収支状況(速報)の概要

黒字幅の大幅な減少の要因は上記表で赤丸部分の貿易収支の赤字転落です。貿易収支は2021年7月に6063億円の黒字でしたが、1兆2122億円の赤字に転じました。エネルギー価格の高騰で輸入額が輸出額を上回る状況が続いています。

(出典:財務省HP/令和4年7月中 国際収支状況(速報)の概要
(参照:財務省HP国際収支の推移より筆者作成)

6.第一次所得収支は安定的に推移

(参照:財務省HP国際収支の推移より筆者作成)

第一次所得収支は、これまで積み上げてきた対外純資産が生み出す収益であり、その動きは貿易収支に比べて安定しています。2022年7月も前年同月比で23.6%増えています。日本企業が海外の子会社から受け取る配当金の増加が貢献しています。

7.経常収支と為替

一般的な考え方としては、経常黒字が増えると、GDPの押し上げ効果がありますが、受け取る外貨が増え、外貨を円に換えるため、円買いの需要が増えて円高になりやすくなります。

逆に経常赤字だと、GDPの押し下げ効果がありますが、円を支払うために外貨に換えるため、円売りの需要が増え円安になりやすくなります。

現在は、経常収支の黒字幅が縮小し続けており、円安になりやすい状況と言えます。日本は長い間、経常収支が黒字でしたが、黒字を牽引していた貿易収支は2000年代以降に縮小し、2021年度は赤字に転落しました。そして、2005年以降は第一次所得収支が貿易黒字を上回り、投資所得が日本の経常収支黒字を支える傾向が強まっています。

貿易収支では、輸入の増加が赤字に直結します。日本は天然ガスや原油などのエネルギー資源の多くを海外に依存しているので、エネルギー価格の高騰は貿易収支を縮小させ、経常収支を圧迫する要因になります。

円安とエネルギー価格の高騰が続けば、日本は42年ぶりの経常赤字になる可能性さえささやかれています。天然ガスや原油のほとんどを輸入に頼っている日本にとって、原油価格の高騰が経常収支に与える影響は大きくなります。そして、原油価格の上昇は、GDPの6割を占める個人消費だけでなく、原油が生産活動に不可欠な企業の設備投資も冷え込ませるのです。

経常収支のうち、貿易収支の赤字は円安の進行に伴って拡大します。これまでの円高局面ですでに国内企業の生産拠点は海外に移転しており、輸出の増加による貿易黒字が増えるという構成は変化しています。

長引いたデフレ、そして景気低迷によって、日本経済の構造は大きく変化しました。世界的なインフレによる大幅な円安は輸入物価を押し上げ、日本人の消費マインドを圧迫する「悪い円安」と言えるのではないでしょうか。

経常収支が減少している今、円安となる要因は海外と日本の金利差だけではなく、経常収支の減少も大きな要因です。

8.まだまだ円安は加速するのか?

では、円安はこのままずっと続くのでしょうか。日銀が金融緩和政策を修正しない限り、米国をはじめとする海外との金利差は開き続けますので、円安はますます加速するように思えます。

では、経常収支の面から見るとどうでしょうか。これは貿易収支にかかっているといえます。つまり、第一次所得収支は黒字です。そのため、貿易赤字が縮小すれば、経常収支は改善します。

貿易収支にすぐにでも影響を与えるのは、エネルギー価格です。特に原油価格。つまり、日本の円のこれからは、原油価格の動向にかなり左右されるということです。これが経常収支から見た時の円の動きのポイントです。

出典:Trading Economics

実は原油価格は下落傾向にあります。これは世界の景気後退を予測しての動きです。米国はインフレ抑制を優先し、金利上昇による景気後退も仕方ないという姿勢です。欧州はロシアからの天然ガスの供給が細り、エネルギー価格が高騰を続けています。結果、インフレが加速し、ECBが利上げすると予測され、金融引き締めが欧州経済を深刻な景気後退へと導きそうです。さらに、中国では四川省成都市などで新型コロナウイルス対策の都市封鎖が続いていると伝わりました。中国経済の正常化に向けた道筋が見えにくくなっています。

つまり、世界の景気は急速に冷え込んできているのです。景気の冷え込みが原油の需要を減らし、価格が下落する。そして、それは、日本の貿易収支改善に寄与し、円安から円高への転換点になり得ます。

日米の金利差が開いていることが円安の原因と強調されている感がありますが、実は大切な視点として、経常収支の動きを見ておく必要があります。

今後の世界景気と原油価格によって、日本の経常収支が変わり、そして、それは、円の動きに大きな影響を与えることになります。

金利差だけではなく、原油価格と経常収支にも注目しておきましょう。

未来創造パートナー 宮野宏樹

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