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虐待 -孤独と疎外感との闘い- 私が政治家さんに伝えたいこと

暴力という名の世界しか知らぬまま一生を終えるということ

本年2月18日午後15時30分 母 永眠しました。享年82

母の死に寄せて、一つ、noteを残します。

暴力団の中にいた、というわけでもなく、一見ごく普通の女性でした。
82年という歴史の中で、彼女を何がそうさせたのか
心理職という立場から、またひとりの人として、興味を持ち考察していきたいと思います。

1941年(昭和16年) 太平洋戦争勃発(~1945年 昭和20年)

日本海軍がハワイ真珠湾に集結していたアメリカ太平洋艦隊へ総攻撃をかけた「真珠湾攻撃」から、アメリカ・イギリス・中国・ソ連などの連合国と、日本は戦うことになりました。
母はその年に東京・某町(西の端に存在)出生。

祖父は戦争で亡くなり、祖母は女手一つで5人きょうだいを育てました。母は5人きょうだいの下から2番目。末のふたりは、長野に里子に出される目的で戸籍を移した後、結局里子には出されず、某町で過ごします。

シングルママの5人きょうだいの子育ては、あの時代もママだけに負担がくるシステムです。そこにおよそパパがいることを想定した、家制家父長制の時代から続く、間違った社会通念のもと、また「お国のために」という概念があった時代です。戦争を知らない私たちの想像を絶するハラスメントの連続がありました。

祖母が遠くまでひとりで歩いて買い物に行き、戻るまでの道のりでさえ、何もしていないのに、誰も手を貸すどころか、「これだからシングルママは・・・」的な冷ややかな目で見られ、あることないこと理不尽な言葉を投げつけられ、針の筵を歩いている状態だったと、その詳細を祖母は生前、既に大人の自分の子どもたちに話しているところを私は聞いていました。

人を見たら泥棒と思え

母はよく昔の格言を教えてくれました。これはその中のたった一つ。抱き癖とか子どもは泣いてはダメとしていた子育てで、我が子を生かし続けたけれども、愛着関係の構築など念頭にはありませんでした。
「この世で一番怖いのは、お化けではなく、人間。親も信じてはいけない」
今生きていたとしても「あの時代は」と一蹴されたでしょう。そして相変わらず「父ちゃんが」と人のせいにしていたでしょう。

子どもは、「あの時代」を生きているわけではない。戦争のない「たった今」を生きている。「あの時代」の人が抱える困り感と、「たった今」の人の困り感は確実に違う。でもそんなことは彼女には考えられる余裕はありませんでした。
子どもの頃は、母親の言うことは絶対でしたし、神と位置付けることを強要されていました。そして子どもの味方を子どもの周囲に置かない。逃げ場を作らない。いわゆる強度の洗脳状態を作っていました。

その考え方で、自分は正しいしつけをしている、間違ったことをする子どもが悪い、とされてきました。親について聞く話の中で「厳しい親」という表現をされる方もいらっしゃいますが、「厳しさ」の奥には必ず温かい「愛情」があるものです。愛情とは、その後の子どもの成長にプラスになることがあることが前提ですが、今考えても全く感じられませんし、「しつけ」の良さは全くわかりません。

否定非難、拒否、無視、決め付け、嘘、論点ずらし、発言を許さない、マイナスの言葉の投げかけ、価値観の押し付け

父と結婚(婚姻届けを出しただけ)してからも、「暴力」が考え方の根底にあるので、父との関係は最悪のまま。おそらく一番最初の大きな問題は、「祖母からもらったミルク代をタンスの奥にしまっておくのに、それを探し出して父が使ってしまう」
これは母が言っていたことですが、母は我が子に被害の実態は必死の形相で伝えようとするのに、「○○したから改善できたよ」の話はこれまで一切ありません。当然周囲に相談することもなく、ただただ父に殴る蹴るは無くとも、ヒステリックに否定非難するだけの母でした。

そんな母でしたので、建設的な話ができたためしがありませんでした。それどころか、よくわからなくて質問しようとすると「口答えするな!」と平手打ち。どんな小さな疑問も解決されることなく、小さい私は目の前で秒単位で繰り広げられる理不尽にただただ混乱し、解離状態のまま「誰にも何も聞いてはいけない。誰も信じてはいけない」という自覚のない信念が育っていきました。

そんな父という人

伝統的家族観を大切にする父です。(存命)
男は外で働き収入を得、女は家で子育てと家を守るという役割があり、その役割を1ミリもずらしてはいけない、子どもは親の所有物で何もわからないから価値観を対話ではなく殴る蹴るの暴力をもって教えるもの、という考え方であり、昨年本人に確認済みです。

「虐待してたよね」とやっとの思いで聞くと、「全然覚えてない。俺がそんなことしたか?抱っこもしたしミルクもあげたし、何より俺は家族を支えるために外で働いて収入を入れていた。」

私は定型発達でIQも普通でしたが、何が気に入らなくて殴る蹴るをしていたのか、その問題点を見つけることが結局できませんでした。説明もなくただ殴る蹴るは、そこに子どもの人権などなく、その尊厳も無視する行為ではあるけれども、どれだけ話し方に工夫をしても、ただ「覚えていない」ということは、虐待とは、やはり自覚のないところで行われていると確信しました。

「自分は色々あるけれどしあわせな家庭を築いている」
男としての考え方や、子どもへのしつけ・凶悪なしつけさえも当たり前のものであり、他人が言う大事な子育てのポイントは押さえているから、自分は頑張ってしつけをしているだけ、非難されるようなことはそこに何もない

このような考え方に見える社会的構造

社会は子どもの教育やしつけは家庭の中の両親に押し付けるものであるという風潮、それを推奨する法律条例・世の中の仕組み、子育てやハラスメントに関する教育システムがない、ということがあるからで、やはりこの虐待という問題はその家庭だけの問題ではなく、社会の問題として取り上げる理由がそこにあるということです。

この考え方が根底にあれば、いつまで経っても虐待はなくなりません。
その家庭により教育方法が違うことは良いことだと思います。でも、そこに「暴力」の考え方が入っていることに誰も気づけないのであれば、子どもへの教育を取り巻く環境を整えるなど出来得るはずがありません。

パパママ子ども、すべてがそれぞれ孤独感と疎外感の中で追い詰められる社会。

心理職が定義する暴力とは

ハラスメントの根っこはすべて同じ。「暴力」
上下関係の上の意識がベースとなり、相手の尊厳も無いものとし、心を傷つけていく考え方。

その環境の中で、勘違いな「自分は権力を持っている」という意識と「周囲を支配する権利がある」という意識を行使する。具体的には、強制・脅迫、威嚇、精神的暴力、経済的暴力、孤立させる、特権の振りかざし、矮小化・否認・責任転嫁

を行使することでの、その場だけではない永続的な相手へ心理的なダメージを与える、若しくは、他害自害問わず死に至らしめること。

虐待がダメな本当の理由

「暴力」の考え方がベースにあることで、養育者等の特性により、身体的、心理的、性的、ネグレクト、宗教的、教育的等々の虐待が行なわれます。それらの状態だけ切り取って「定義」とすることの危うさを感じます。
そういう特性を持った加害者が大人にいれば、家庭内にDVもあり虐待もあるのは事実。配偶者への対し方と子どもへの対し方が違うということは考えにくいです。

これらを受けた子ども時代だけの問題と捉えると大きなリスクがあります。

虐待が起きているところには、養育者等と子どもの間に精神的な断絶継続的に起きています。信頼関係を築くことができなかった愛着障害です。虐待死を免れた子どもたちは、認知のゆがみが生じ脳の傷つきに移行していきます。虐待後遺症とも言われているものです。これが人の生きづらさの正体です。養育者から与えられた生きづらさということに気づけないように自覚なく洗脳(非常に巧みな技です)されている中で、がんばってもがんばっても満足感を得られることが少なく、まだダメだと思いつつどこまでもがんばれる人が多いです。がんばりを認められて、これ以上がんばったら死ぬよ?の基準の認識を学んでいないためです。

人の特性によって時系列で言えば、不登校・ひきこもり、自殺、犯罪、依存症、精神疾患、人格障害、こんなことが永続的に高齢者になるまで続き、一生の間で心の健康を得られることがないまま、孤独感・疎外感の中で苦しみ続け、そのまま一生を終える人も本当に多いです。自覚ある無しに関わらず。これが虐待がダメな本当の理由です。尊厳を傷つけると相手の一生をも左右します。これは決して大げさなことではありませんね。

「大人になってなんでこんなこともできないの?」
「子育てまともにできてないじゃん」
「もう終わったことだろ。いつまで親のせいにして反抗しているんだ」
「なんで親を尊敬できないの?育ててもらった恩は感じないの?」
「親を介護するのは子どもとして当たり前でしょう」

こんなセカンドレイプはもうやめてください。
虐待死を余儀なくされる子に何か非がありますか
虐待死を逃れたサバイバーも同じです。
養育者からの暴力で作られ押し付けられた間違った価値観の中で、それでも「次はこうやったらうまくいくかな。誰にも何も言われないかな」と工夫しながら必死で生きている。

それは当たり前じゃない。
そこに「自己責任」という考え方を適用するのは、「社会的暴力」ではありませんか

大人はもちろん子どもの「孤独感・疎外感」に気づき、暴力を正しく伝えていく

暴力についての定義と、日本中で一日に一人以上の虐待死が行なわれている、日本人の死因の1位は自殺であり年間2万人~3万人が亡くなっているという緊急性のある事案であること、を常に意識し、他者である大人としてできることの中から、たった今の困り感に応えていきたい。

人の命、何だと思ってんの!って叫びながら。

経験と知識を手に入れた。おばちゃんの余生はそこに使う。
あと必要なのは、想像力。
目の前のたったひとりの人の苦しみの奥にある本当の願い。

その願いに寄り添える心理職でありたい。

大人として子どもの権利を考え尽くした環境を用意する

子どもがどうにもできないことって沢山あると思います。それは大人の責任として、ひとりひとりの子どもの尊厳を見据えた、本当の安心安全な中で生きる権利を保障し、その環境を用意していくことが大切と思われませんか?

家庭の中であっても学校であっても会社であっても行政の中であっても、隠ぺいや非を認めず具体策を出せないことで、子どもの命に関わっていくならば、それは子どもに「暴力」を全身で教えていること。人との関わりの中で「暴力を採用することが大事」と示すことが、本当に教育ですか

間違ってたよ、ほんとにごめんね、一緒に考えてくれる?

謝罪し、子どもの意見を聴きながら共に考える具体策を即座に出す。
その方がどんなにかっこいいかしれません。

子どもが暴力を受けたら必ずNO!が言える子に育つためには
子どもが暴力ではなく対話を選択できる子に育つためには
大人が正しく暴力を伝えていく必要があると、思いませんか

私が政治家さんに求めたいことふたつ

①子どもが暴力から守られる、子どもの人権をくまなく考えた法律・条令・世の中の仕組みを考え作ってください。

―――
これまで虐待死した子どもの数、虐待死を免れても後遺症を抱えることで自殺に至った人の数命を粗末にしなければならなかった人の想い保護されてもセカンドレイプされる子どもの想い子どもの問題を自己責任とする理由価値観の世代間伝達により虐待をした親の想い、虐待していないのに虐待親と決めつけられただ無駄に引き離されただけの親子の想い婚姻中に「避難」ではなく「支配」目的で子どもを取り上げることでの引き離された親と子どもへのダメージ生活保護受給者が無くならない理由犯罪が無くならない背景大人が子どもに「暴力」を教えることの是非人の命とは何か暴力とは何か責任の所在を明らかにすべき理由虐待後遺症を障害認定し、ままならない生活の基盤を支えることの是非、等々すべて資料にし、目の前に置き、「人の命なんだと思ってんの!」と問いかけながらそこから政策を導き出してください。

子どもまんなか、であれば、全とっかえでもいいと思います。伝統的家族観が人の尊厳を傷つけるような古すぎるルール。全とっかえの時期が来ていると思います。
政治家に押し付けることはしません。押し付けることでなんともならなかった現実を私たちは見ています。そのために協力できることはさせてください。

②認識がいきわたり、ハラスメントがなくなるまでの間、それに関する心理教育を国単位でさせてください。

―――
「暴力」に理解のあり、現実を知っている各地の有資格の心理職を集め教育をすると共に、自治体、企業、刑務所、家庭、保育園幼稚園~大学までの教育の中、およそハラスメントが存在するであろうすべての場所で、心理教育を行います。日本人全員の責務として、受けることを義務付けてもらいます。

例えば、婚姻届けを出したら講座受講券を渡す。その講座で行うのは「家庭を持つ、子どもを持つ、夫婦であるということ等に関する基本的な考え方、家庭を取り巻く環境との付き合い方や、それらに付随する心理的作用についてリスク管理まで暴力をなくせるまで、お話させていただきます。

亡くなった母に感謝するとすれば

サバイバーとして、自分の被害実態を考えれば、そこに母を失った哀しみや、育ててくれた恩義も感じることはついにありませんでした。

人の当たり前の心理の流れを考えれば、そこは幸せに育ってきた方々とは違って当たり前と言えます。いつか私が親に対して失った哀しみや恩義を感じることがあるとすれば、それは本当に私の心が壊れた時と思います。

暴力は暴力として子に正しく伝えていく。だから世代間伝達は我が子が幼い記憶もない頃、気付いた時点で即止めました。

その後、機能不全家族に育ったために子育ての仕方が育児書を読んでもわからず、理解者も無いまま長い長い間精神疾患で大量の薬を飲み、約3年の寝たきり生活を余儀なくされ、実際の被害者は私だけに留まらなかったのですが、結果としてこのことが、感謝に値する部分と思います。

恐怖が残るために本人に触ることができずに、直接の介護を息子に託したりもしたけど、高齢になっても大事なことがわかったらいいじゃないか、という方もいるかもしれません。それもセカンドレイプですね。うつ病が寛解しても障害は残りました。

赦すとか赦さないとか、憎むとか否かということよりも、母が暴力を全力で伝えてきたからこそ「暴力」とは何かを知り「暴力は子どもに伝えるものではない」と身をもって感じ、それを確かな知識と経験と共感とで伝えていくことが社会的な私の使命となったことについて、感謝しています。
だけどこんな想いはもう誰にもして欲しくない。

「暴力」ではなくパパママ子どもの心が全員守られる安心安全な「対話」で子どもの良さを引き出し、自分のパフォーマンスを最大限に発揮できる子に育って欲しい。そのような願いから「こどもぶらんでぃんぐ」を作りました。

絶対に暴力は許さない。

母の永眠に際し、すべての子どももおとなも、生きやすい社会を改めて祈念します。


未来コーディネーター加藤クミ子

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