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【短編創作文】西へ

今日も帰宅が遅くなってしまった。
定時間際に至急の仕事が入ってしまったからだ。このところ、終電ばかりの毎日だ。何故上司は定時間際に私に仕事を回すのだろう。いい加減にしてほしいものだ。
私はそんなことを思いながら、終電間際の電車に飛び乗った。

乗った車両には人はおらず、私1人だった。
電車のガタゴトと走る音だけが響いている。
座席に座り、ほっと一息つく。
今日も本当によく働いた。
私はあまりに疲れ果て、うたた寝をしてしまった。

しばらくして目を覚ますと、車両の中には私1人のまま、そして窓の外は真っ暗だった。

少し違和感を感じた。
なぜ窓の外は真っ暗なのか。
街中を走る電車なのに、明かりのついたビルやネオンが一切ない。
私は間違った電車に乗ってしまったのだろうか?いや、いつも使っているホームから電車に乗ったはずだ。乗り間違えるはずがない。
では、この電車はどこを走っているんだ?

私は急に不安になり、一番うしろの車両を目指した。車掌に聞くためだ。

2、3両移動したが、乗車客は誰もおらず、私1人のようだ。ますます私は不安になる。急いで車掌のもとに向かい、車掌室の窓を叩く。

窓をたたくと、ゆっくりと車掌室のドアが開き、車掌がでてきた。
彼に話を聞くと、この電車は私の乗るはずだった電車と同じ方面へ向かう電車ではあるが、経由地が違う電車らしい。そのため、車窓からの景色が違うのではないかと話していた。

私は少し安心し、座席に戻った。
電車はどんどん進む。
しかし、また私は違和感を感じた。
電車がまったく駅に止まらないのだ。
私がいつも乗っている電車であれば、駅数もある程度あるため、何度か駅に止まる。
だが、この電車は私が乗ってから、一度も止まっていないように思えた。

私の不安は大きくなる。
この電車はどこへ向かっているのだ?
あの車掌は、私の目的地と同じ方向の電車だといった。しかし、途中の駅に止まらず、終点まで直通の電車なんてあるはずがない。

もう一度車掌に話を聞いてみようと、車掌室に向かうが、何故か一番うしろの車両に着かない。

おかしい。
こんなに長い両数の電車ではないはずだ。
さっきは2,3両移動しただけで着いたではないか。
何故今は、車両を移動しても、また誰も乗っていない車両だけが続くのか。
ガタゴト走る電車の中を、私は一心不乱に走った。

どのくらい移動しただろうか。
あまりに疲れはて、私は通路の真ん中で膝をついた。

もう、何がどうなっているのかわからない。
床の一点を見つめ、放心状態になってしまった。

その時、視界に黒い革靴が見えた。

あっ!と思い、顔を上げると、目の前には車掌がいた。

この電車はどこに向かっているんだ?
私の行きたい目的地に向かっているといっていたよな?
なぜ1駅も止まらない?
車窓からの景色もいつもと違う。
車両に私以外の人も乗っていないし、大丈夫なのか?
私は一気にまくし立てた。
私は焦っていた。
不安いっぱいで、恐怖さえ感じ始めていたのだ。
しかし、車掌はそんな不安げな私をひと目みて、微笑みながらこういった。

『大丈夫ですよ。ちゃんとあなたの行くべき目的地に向かう電車です。西に向けて走っている電車です。そろそろ着く頃だと思いますよ。ほら、明かりが見えてきました。あそこが終点、あなたの目的地です。』

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