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ドルオークションに見る現実事象の多様な側面

どうもこんにちは、Miraiです。

皆さん学ぶことはお好きですか?本や動画講座の知識を食べると知識欲が満たされ気持ちがいいですよね。学問の分野は非常に多岐に渡り、それぞれの方が自分の専門に近いものをお読みになっていることと思います。

しかし、学問で現実事象を紐解いた時に見えるのはその分野から見た側面だけで、全体を把握することはできません。一つの視点から見ただけでは偏った判断につながり危険です。

今回はドルオークションを例にして行動経済学と数学から見た解釈の違いについて紹介していこうと思います。

ドルオークションとは?

ドルオークションは経済学者M. Shubikが1971年に考案したオークション形式のゲームです。
ドルオークションは

  1. 20ドル紙幣(shubikは1ドル札、後述のBazermanらは20ドル紙幣で行った)を競売にかけ1ドル単位で入札が可能

  2. 最高入札者が落札し、提示金額を支払いに20ドル紙幣を受け取る

  3. 落札直前の入札者は罰としてその入札した金額を支払わなければならない

というルールのもとで行われるゲームです。例えばAさんが18ドルで入札しているところにBさんが19ドル入札し落札となった場合、Bさんは20 - 19 = 1ドルの利益となりますがAさんは18ドルを支払わなければならず -18 ドルの損失を被ります。

よくわからなかった人は動画 (1:47~) になさってる方がいたのでご参照ください

あなたならこの競売に参加しますか?参加するならどのような戦略で入札価格を決めますか?まずは行動経済学の観点から見た最適戦略についてです。

行動経済学の観点から

結論

結論から言うと行動経済学ではこのゲームに参加しない事が最適とされています。

行動意思決定論の権威であるM. H. Bazermanがハーバード・ビジネススクールの学生や企業経営陣らを対象に行った実験では、20ドル紙幣は20ドルより高い金額(20~70ドル)で落札される事がわかりました。

一体なぜ商品価値より明らかに高い価格で落札されたのでしょうか?これを説明するために彼らはエスカレーションという概念を用いています。

エスカレーションとは?

エスカレーションとは以前に行ったコミットメントを正当化しようと、さらにエスカレートさせてしまう事です。

例えば、投資の世界で一度投資した対象に再投資するか判断する際、2回目の投資の期待値がマイナスであっても追加投資してしまう現象や、2時間待ちのラーメン屋の列に並び、残り30分程度で自分が席に着く前に麺が切れそうとわかってもそのまま並び続けてしまうなどです。ギャンブルで行くとこまで行ってしまうのもエスカレーションを用いて説明する事ができます。

ドルオークションのエスカレーション

ドルオークションの場合はどうでしょうか?初めは1ドル2ドルと入札があり価格が吊り上がっていきます。オークションが白熱し、18ドルで入札したAさんはBさんに19ドルで上乗せされました。この時点でAさんは18ドルの損失ですが、20ドルで落札できれば損益は±0です。そしてAさんが20ドルで入札すると、今度はBさんが19ドルの損失になりますが、21ドルで落札できれば21 - 20 = 1ドルの損失で済ます事ができます。そこでBさんが21ドルで入札するとAさんは2ドルの損失で済ますために22ドルで入札し、Bさんは23ドルで・・・と20ドル以降もどんどん入札が積み上がってしまうのです。

よくよく見ればこの応酬は1ドルの入札に対して返された時点で始まっており、ほぼ参加した時点で罠に嵌っている事がわかります。よってこのゲームに参加しない事が最適であると結論づける事ができます。

行動経済学から得られる教訓

もしもあなたが罠に気付かず参加してしまった場合どうすればいいでしょう。行動意思決定論ではエスカレーションの罠にハマらないようにサンクコスト(埋没コスト)という概念を取り入れています。これは一度投資した資金は回収できない資金として、次の判断とは切り離す方法です。

この考え方は特にポーカーでも重要で、降りるのかいくらかけるかの判断はポット(自分も含めた全員が賭けたチップの総量)に対する期待値に基づく事でこれまで賭けた自分のチップ量と切り離した判断を可能としています。ドルオークションならそれ以上の入札は明らかに損失を膨らますだけなので罠に気づいた時点でやめるべきです。

数学の観点から

結論

数学的にはゲーム理論を用いると、一番初めの入札者が19ドルで入札しそこで終わらす事がナッシュ均衡プレイ(参加者が戦略の変更する動機を持たない状態)とされています。

このことはB. O'Neillが"International escalation and the dollar auction (1986)"という論文で説明してます。

ゲーム理論とは?

ゲーム理論はボードゲームや投票、投資など社会における複数主体間の意思決定問題を数学モデルを用いて研究する学問です。基本的には様々な前提のもとプレーヤーと戦略、効用関数から不等式をもちいて解を特定することになります。特によく知られたゲームモデルに囚人のジレンマがあります。

ドルオークションのゲーム理論

ゲーム理論を用いてドルオークションを調べるために、参加者が全て合理的であると仮定します。ここで先手(最初に入札する人)の最適戦略は後手(他のプレイヤー)が入札する動機を持たない最小の額 - 1を入札するか、それができなければゲームを降りるです。この後手が入札する動機を持たない額が商品と同じ額である20ドルになります(20ドル使って20ドル札を落札する意味はないし、ゲームが長引くことは不利益になる)。なので先手が20 - 1 = 19ドルで入札すると、誰も20ドルで入札する人はいなく、先手が20 - 19 = 1 の利益を得てオークションは終了します。

数学から得られる教訓

数学では先ほどの行動経済学で得られた最適解であるゲームに参加しないという選択肢ではなく、最初の入札者となることで利益をあげる事ができることを示しました。このように同じ物事でも分野の切り口を変えれば、一歩踏み出した答えに辿り着く事ができるのです。また得られた結果は実社会で先手を打って競売相手を黙らせ、そもそも競わないことの重要さも示しています。


余談

この項は込み入った話になるので苦手な人は飛ばしても大丈夫です。

利益の譲渡と合意を使えば誰かが1ドルで落札し、利益の19ドルを参加者で分け合うパレート最適(誰かの利益を損なう事なく最も利益が高い状態)に辿り着く事ができます。合意がないと後手は2ドルで入札することで利益を 19/n(n = 参加人数)から 18 にあげる事ができるので、裏切る動機を持ちます。

また全員の準備金 x が有限で参加者全員が合理的である場合、後手が入札しない先手の入札額 y は 

で与えられる事が知られています。右辺第一項は (x - 1) を (20 - 1) = 19で割った余りを示しています。x < 20ではy = xとなり先手がxを入札すれば誰も入札できず先手が20 - x の利益を受け取ります。x = 20 なら先手はy = 1 であり1ドルを入札するだけでいいのです。なぜなら後手が20ドルより小さい額で入札すると、先手は20ドルで入札を返す事で損失を-1から0に減らす動機を持っており後手は入札分損失を被りますし、後手が20ドル紙幣を20ドルで入札する動機は持たないからです。x = 21 でも同様に先手は2ドル入札すると後手の入札に対して21ドル入札することで損失を-2から-1に減らす動機を持ちますし、後手は21ドルで入札し-1の損失を被る動機を持ちません。以下同様に先手の入札額は1ドルずつ増えていきます。


まとめ

現実における問題

ここまでドルオークションの二つの学問における最適解を示しましたが、忘れてはいけないのがM. H. Bazermanら行った全ての実験で20ドル紙幣は20ドルより高い金額(20~70ドル)で落札されている事です。つまり現実世界ではいずれの最適解にも辿り着けない組織が多いことを示しています。それならばここで示された事は現実問題で役に立たないのでしょうか。

私はそうは思いません。行動経済学の最適解を知っている人は参加せず損失を被ることはないですし、ホームズとワトソンがこのオークションに挑めば容易にパレート最適解(1ドルで落札して山分け)に辿り着く事ができるでしょう。特に不確定要素の多い実社会では知識を持っている事それだけで取れる選択肢が広がり、より良い結果を生み出す可能性が高まるのです。

また、物事を一つの分野から見た側面だけにとらわれることは危険です。ドルオークションを行動経済学的側面にしか見えない人はとれた利益を逃すことになりますし、数学的側面のみにとらわれる人は他プレイヤーの非合理的な振る舞いに憤慨することになるでしょう。

以上で終わりになります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

おまけ

私が考えるドルオークション戦略を書いておきます。
まず誰よりも早く1ドルを提示します。この段階で他のプレイヤーが全員最適解を知っているなら誰も入札せず19ドルの利益が得られます。先に入札されれば降りて損益は0です。誰かに被されれば全体に二人とも既に罠に嵌っている事、数学的な最適解に到達できないことを公言し(できるだけ)他プレイヤーの参加を食い止めます。そして入札を被せてきたやつに対してこのまま終了させて利益を分け合う交渉を始めます(相手の次の入札動機を奪いお互いの損失を確定させる+19ドルの入札をちらつかせるのもいいかもしれません)。うまくいけば (20 - a) / 2 - 1 ドル [aは相手の入札額] の利益が得られ、失敗すれば -1 の損失で終了します。
第三者が入札に名乗り出ればゲームを降りて損益は0になります。

書いといてなんですが私がこの戦略を取ろうとしても提示されたゲームがドルオークションと同値かどうかを判断しているうちに誰かが入札して不参加に終わる可能性が高いと思います(笑)。理論的にわかっていても現実の問題に対処するのは難しいものです。
他に面白い戦略を思いついた方は是非教えてください!

参考文献

  • M. H. Bazerman, D. A. Moore, (2008) Judgement in Managerial Decision Marking 7th edition, John Wiley & Sons, Inc., (M. H. ベイザーマン, D. A. ムーア, 長瀬勝彦(訳)(2021)行動意思決定論 バイアスの罠 第8版, 白桃書房)

  • 岡田章,(2021), ゲーム理論 [第3版], 有斐閣

  • B. O'Neill (1986), "International escalation and the dollar auction", Journal of Conflict Resolution, 30, 33-50.


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