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本質を追求する占い師は売れない⁉

身近なところで先日

占いで、怖いこと言われて泣いて帰ってきた

という人がいたと耳にしました。

あくまでも推測ですが
おそらく言われたくないことを言われたのでしょう。

もちろん占い師の真意もわかるはずもないのですが

その人にとって
【怖いこと】=【言われたくないこと】であったと推測もできます。

占い師に言われたことで気分を害した
という話はよく聞きます。

人は物事をなんでも
【良い】【悪い】とジャッジしたがるため

占い結果に対しても
そういった二元の視点で判断しようとする傾向があります。

占いに求めるものは
「良い」ことを言われたい、とか

前向きになりたい
勇気づけられたい、とか

(あとは、未来の予言的なことで
先のことを知りたい、とかですね)

そんなことを求めて占いセッションを受ける人が
ほとんどなのかなと思いますが

前を向く前にやった方がいいことは

本当の自分、ありのままの自分
をみる、直視する、ということです。

本当の自分、ありのままの本質の自分は
必ずしも「こうでありたい」と思う
理想の自分像と一致しているものではありません。

本質に向き合いたくない人にとっては
理想の自分像とかけ離れた本当の自分を「占い」によって
つきつけられると

それが「聞きたくないこと」であり認めたくないこと。
つまりそれが占い師からの言葉であれば「怖いこと」と
されてしまうのではないかなというのが
私の見解です。
(もちろん、《伝え方》という占い師のトークスキルにもよりますね)

そうやって、「本質」から目を背けているうちは
たとえその場で嬉しいことや
元気づけられるような言葉をもらったとしても

その場しのぎの対症療法でしかありません。

(病気になった時に、根本的な原因を調べずに
薬などでその症状だけを消し去り
あたかも治療した、とする行為と同じ)

対症療法でしかないから
その時は元気になった気になったとしても

本質の部分(根本の原因)が放置されているから
悩みが絶えないとか
一時スッキリしてもまた同じことで悩んだり
永遠に、同じ場所をグルグル。
本当の意味での幸せは掴めないのです。

世で「売れている」占い師は
「アゲる」か「依存させる」かどちらかのタイプが多いのではないかと感じます。

自分にとっての本当の幸せとは
認めたくないと感じている部分を直視し
その部分を反転させて初めて
明確になっていくものではないでしょうか。

そこに気がつくきっかけとして
占い師じゃなくても誰かの言葉であったりもするかもしれないけれど

みたくなくても
受け入れたくなくても
そこすらもありのままに愛する必要があって

占いに、元気や勇気や癒しを求める前に

ありのままの自分を受け入れる器を用意しなければならないと思うのです。

その器を持っている人にとっては
占いは怖いものではなく
「気づき」の手段としてまたは「人生の指針」としてなどの
本来の付き合いかたができるのだと思います。

結論!

占いは怖くない。笑

怖いと感じたり
占い師の言葉の何かに「反応」するとしたら

それが自分の『本質』に触れたと思ってもよいでしょう。

その反応を見る時こそ
本質に気がつき
真の安らぎを得ることができるチャンスです。

といったことを伝えることができる占い師が
本当の意味で愛のある占い師である
と、思うのですが
なにせマニアックすぎてどちらかというと
世間では理解されなかったり
嫌われたりするということが多いですね(^-^;

私のところへ来てくれるお客様は
完全にオタク、マニアです。笑

補足的に書きますが…

占い師によっては『商法』として
怖がらせる(無駄に)という人もいます、残念ながら。

怖がらせて

名前を変えなさい(改名を勧める)
ブレスレット(など身に付けるもの)を売る
また来たくなるように仕向ける(依存させる)

などという困った占い師がいることも事実。

怖がらせる占い師に問題があるのか
依存する側に問題があるのか…

私は、後者かなと感じます。

占いに行きたくなるときというのは
道に迷い、方向が分からなくなってしまった時。

そのようなときこそ
起こったことや他者などの外側にではなく

自分自身の内側(本質)へ
意識を向けることが大切なのではと思います。

占いはあくまでも
本当の気持ちを見つけるために『整理する』目的で♪

そしてまたその「迷う」こと自体も
楽しむくらいに思えるようになったときが

本当に幸せだなと感じることが出来るのではないかなと思うのです(^^)










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