見出し画像

【二世の告白】 旧統一教会の"解散命令"に対する想い


解散命令に対する「正直な想い」

正直なところ、解散してしまっても良いのではないか。
という気持ちが大きいです。

旧統一教会の二世として生まれて、もうすぐ30年。

今までの人生を振り返ったときに、
・「宗教二世」だから出来なかったこと
・「宗教二世」だから感じた罪意識
・「宗教二世」だから経験した貧困
などなど、「宗教二世」であることで多くの苦悩や
生きづらさを感じてきました。

中には、教会を脱会し一般結婚をした人もいますが、
「ふとした瞬間、死後の世界で自分は罪を犯したとして
罰せられるのではないかという恐怖心に苛まれる」
という声も聞くほど、今でも私たちの心に引きずられるものがあります。

たとえ、教会に居続ける選択をしても、脱会を選んでも、
二世として生まれた私たちは、過去の教育(洗脳)からくる恐怖や
心の傷跡を抱えながら生きていかなければいけません。

「信仰をしない自由」を与えられなかったという点から、
本音を言うと、統一教会という組織が解散しても
良いのではないかと思っています。

(私の教会に対するスタンスは、以下の記事に書いてあります。)

【悲報】"解散"しても苦悩は晴れない!?そのワケ

"解散"という言葉から、宗教法人そのものが解体され、
統一教会として活動できなくなるのかと連想しますよね…。

たとえ解散が確定したとしても、
宗教法人格を失うだけで任意団体として、
活動を続けることができます。

つまり、今まで通り信者を増やし、献金を集め、
二世を教育(洗脳)する流れは、解散後も出来るということです。

その中で唯一できる淡い期待が、
「多額の献金が韓国の本部に送金されにくくなる。」ことでしょうか。

日本は韓国を植民地にして多くの人を苦しめた償いをするべき。
莫大な資金を調達して、それを韓国をはじめとする
全世界に供給していくこと、それが日本の使命だ。

天聖経(簡単に要約してます)

という理不尽な理由から、日本にだけ
高額な献金を要求し続けてきた統一教会。

個人的に最も恨みを抱いている部分ですが、
"解散"することで、この流れが少しでも収まることを願っています。

心に残るわだかまり

前述したとおり、私は統一教会の二世として生まれましたが、
一線を置いている立場にいます。

教会を賛成している訳でもなければ、
反対もしていません。

今回の請求が仮に通ったとしても、
二世の苦しみは続きます。

こういった立場から今回の騒動を見たときに、
一つだけ心に残ることがあります。

それは
なぜ、統一教会だけ
ここまで叩かれないといけないのか?」
という疑問です。

統一教会以外の宗教団体でも、
政治家と密接な関係があったり、
献金が全くないとは言えません。

「信教の自由」が保障されている日本で、
オウム真理教と同等の対応がなされることに
あまり納得がいきません。

マスコミが寄ってたかって、嬉々として
統一教会を大袈裟に取り上げていることに
不快感を感じています。

最後に

今回は、解散命令に対する「正直な想い」を
二世の立場から綴ってきました。

安倍元首相の暗殺事件から1年と少し。
私たち多くの二世たちが、複雑な気持ちで
この問題と向き合っています。

解散されようと、されまいと、問題を取り上げることによって、
二世という立場で苦しんでいる多くの人たちが
少しでも救われることを願ってやみません。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました😊
コメントで感想などいただければ嬉しいです。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?