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ローローさんの記事

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トーマスクック編
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#ドイツ

エルサレム征服・ハバナギラ(歓喜の歌)の誕生〜トーマス・クックシリーズ ⑰

アレクサンドリア港に到着した男(1925年) 1925年3月23日月曜日午後4時。  アレクサンド…

テルアビブ(春の丘)の誕生〜トーマス・クックシリーズ ⑯

映画「アラビアのロレンス」 1900年  出資はドイツ銀行、勅命はオスマン帝国のスルタン、ハ…

林檎の果実…中東のフリーメイソン、マーク・トウェインそしてバグダッド鉄道〜トーマ…

ジョン・クック、「フリーメイソン」のパリ観光ツアーを手掛ける 1889年、フランス革命を迎…

いちじくの実Fig Leaves…メッカ巡礼ツアー、第一回アテネオリンピック、イスラエル建…

プロローグ 「将来、僕もスエズ運河のような運河を作る外交官になる!」(1869年) 1869年11…

オリーブの山 Mount Olive…ドイツ最後の皇帝とオスマン帝国34番目のスルタン…「パ…

ドイツ皇帝ードイツ旅行社ではなく、トーマス・クック社に依頼する 1841年に創立したトーマ…

蜜の溢れる地…イスラエル建国の父とドイツ皇帝の初エルサレム入城〜トーマス・クック…

 2016年、トーマス・クック初ツアー175周年を記念し、この節目を祝うため、レスター鉄道駅員…

杉の木の贈物…ドイツ皇帝のレバント周遊「ムスリムの皆さんはドイツの友です」〜トーマス・クックシリーズ⑫

 1873年、世界一周ツアーを添乗したトーマス・クックはサンフランシスコから汽船で横浜港に到着し、初めて来日しました。  その際、日本が清潔なこと、牛肉が美味しかったこと、そして 「瀬戸内海は美に対する私のすべての想像を超えた」 と書き残しました。 「私はイングランド、スコットランド、アイルランド、スイス、イタリアの湖という湖のほとんどを訪れているが、瀬戸内海はそのどれよりもすばらしく、それら全部の最も良いところだけをとって集めて一つにしたほど美しい」  トーマス・クッ