悪い事

1人でご飯を食べる事は
昔から好きな方だ。

独り、ではなく
1人で、である。

気になるお店や行ってみたいと感じたお店には
タイミング次第でお邪魔することもある。


近所であれば尚更。

この町に越してきて2年。
お店に入ってみようと勇気を振り絞るが
なかなか入店出来ない、
申し訳ないが何となく
お邪魔しづらい雰囲気の
至極いい意味で「錆びれた」
町中華店がある。


ある日の午後、
遂に勇気を振り絞り1人入店する事に成功。


店内には昼間からビールとツマミを食べ飲みするお父さんサラリーマン1名。

店主と恐らくその奥様であろう店員さんの
「いらっしゃ〜い!」が店内に響く。

あったかいなぁ。老夫婦で営まれてるその店は何ともあったかく、和やかな雰囲気をひしひしと肌と小っさな心で感じた。

注文にしばらく悩み、食事が届く。

予想とは裏腹の、濃い味付けの中に
あの老夫婦の優しさがこもった
大変美味しい料理であった。

綺麗に食べ終え、お会計。

お会計は奥様が担当のよう。

お会計額は1030円。

運悪く1万円札しか持っていなかった
俺は、渋々1万円札を奥様へ渡す。


ちょっと嫌な予感がした。


お釣りの計算にめちゃくちゃ手こずっている…。

「はぁぁ、ごめん、ごめんよ…。」

しばらくしてお釣りが戻ってきた。


「美味しかったです!ご馳走様でした!」

颯爽とその場を立ち去る俺。

その数分後、俺は後悔をした。


お返ししてくれたお釣りの中に、
仏頂面が映る褐色のお札が混ざっているのだ。


「これさっき…渡した…やつ…。」


俺は後悔をしている。


でも小っさな心はラッキーという気持ちが溢れてしまったのである。

お会計額が減ること無く
数千円プラスのお釣りが戻ってきてしまった。


悪い事をした。

ご夫婦の「ありがとうございました〜!」
そしてあの素敵なお2人の笑顔…。

悪い事をした。

お会計をしてくれた奥さん、ご主人に怒られないかな…。
なんで「お釣りこれ間違ってるよ!」
って言い戻れなかったんだろう。


悔やんだ。

でもラッキーな気持ちだって
溢れちゃう。

俺は愚かだ。


それからしばらくして、
その中華店にもう一度1人食事をしに行った。

今回はテーブル席ではなく、
厨房が丸見えのカウンター席。

「前に来てくれたニイちゃんだよね?その時お釣り多めに渡しちゃったんだけど〜。」

そう言って来ないかな、ヒヤヒヤした。

うん、返す。
返すよ。ホントに。


店内には俺1人。


注文した料理はすぐに届いた。

暑い日に食らう中華は汗を止めることなく
汗だくになって料理を平らげた。

この前と別な料理を頼んだ。


美味かった。


「ご馳走様でした!」


お会計は930円。

まずは丁寧にゆっくり30円を出した後、
感謝を込めて1000円札をお出しした。

「おかあさん、100円だよ!お釣り100円だよ!」

愚かな俺は心の中で語りかける。

可愛らしい笑顔とご機嫌な「ありがとう」の
言葉と共に、100円が返ってきた。

「美味しかったです!ご馳走様でした!」

そう言い残し店を後にする。


恐らくご夫婦は70代くらいで
昔から何10年とあの場所でお店を切り盛りされて来たのだろう。

愚かな俺はこう思った。

「あんなおじいちゃんに、俺もなりたいな。」

愚かな俺は紙に火をつけ、煙を吹かして歩くのであった。

「お釣り?要らないよ。2人で美味しいもの食べてね。」

近いうちに必ずこう言えるように頑張ります🔥

その時は褐色の札に刷られた福沢さんよ、

ちょっとはにっこりしててくれないか。

俺だけには仏頂面なまんまでいいからさ。

あと出来たら格好付けたいから野口さん、アンタも何人か渡してあげたいわ。

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