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試練を乗り越えるって・・・大変だよ

息子が脳動静脈奇形だと診断されたとき

皆さんと同じように打ちのめされました。

或る時、ネットで見つけたご本人が患者である女性のサイトですが、

彼女は10代で出血して手術をし、回復したのですが20代前半で再度大出血して半身不随になったのですが、ご結婚されて、お仕事もして、海外旅行も行って・・・活躍されています。

彼女が「神は耐えられる試練を与えます。だから乗り越えられます」とメールをくださいました。

精神的に乗り越えているのでしょう・・・・受け入れることそれがどんな困難でも意味があると教えてくれました。

よく、「そんな試練なんていらない」と思いますが、ではなぜそんな試練を与えるのか。

ずっと考えてきました。

何をもって試練と考えるのかは人それぞれだと思います。

些細なことも試練と思う人もあれば、これほどの試練をどうして受け入れられるのかという方もいらっしゃいます。

それぞれに、色々な試練があります。

乗り越えれば違うものが見える

私自身が学んだことでした。

受け入れること

それ自体が最もつらい試練ではないかと思います。

今の状況を打破することだけを考えているときは

焦りや、怒り恨みなどない混ぜになった感情を持ちました。

でも、それを受け入れ何をするべきかを冷静に考えると

明るく治療することに専念し、必ず元気になることを信じて疑わず

そして今が続けば、それはずっと続くことになるって

イレギュラーなことは必ず起こります。

そのとき、自分がどう振舞うのか

冷静でなんかいられないって叫んだこともあって

でもそれは何の解決にもならなかった。

向き合って、冷静に何をするのかそして何を言うのか

そういうことを一つ一つ消化していくと、イレギュラーがイレギュラーではなくなったことに気が付く。

流れというのはこういうことを言うのかもしれないなって

なんとなく思うのです。

試練は受け入れることで、試練ではなくなるということを学びました。

現状を嘆くのをやめましょう

嘆いてもいいことがないなら、いいことだけを考える方が

よほど人は明るくなれるように思います。

こういうことは、自己啓発本とか運命を変えるとかそういう本にたくさん書いているけれど

それは読んでいるだけではわかりません。

自分との闘いに負けなかった人だけがわかることだから。

厳しい人生っていうけれど、苦労がない人生を送っている人なんてそうそういない

本人がそれを苦労だと思わなければ

それは苦労したなんて思わないのです。

他人の人生を見て、苦労していうrなって思うのは自分との比較であって

その人の人生が苦労しているかどうかは誰にもわからないものです。

そういう言葉に惑わされないように

命の終わりまで続くのが生きることだというのであれば、明るいほうがいい


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