『星貌』堀田季何 を読んで

俳句共和国アルペジオの音は同時に消える /堀田季何『星貌』

 「俳句共和国」がもし目の前に用意されたとして、わたしたちは入国しようとするだろうか。わからない世界とは、最上の興味と最上の恐怖を煽るものである。また、「アルペジオ」として最初に鳴らした音が最後に鳴らした音の終わりまで続くとき、見せられているのは音の寿命の差異だろう。世の中のものの寿命に差があるという現実も、同じように興味と恐怖を思わせる話だ。

 本句集は「楽園」を主宰されている堀田季何さんの第三詩歌集である。第四詩歌集『人類の午後』と同時に発売された。『星貌』は自在季自在律の俳句を中心に構成されていて、定型律の俳句だけが収録されている『人類の午後』とは異なる雰囲気がある。デザインは寺井恵司さんによるもので、宇宙世界に浮かぶ銀色の惑星をイメージさせる装丁が美しい。

警察の蜥蜴はいつも濡れている /堀田季何『星貌』
原子炉で何人の鬼が隠れん坊した /堀田季何『星貌』
一つの音一本の体毛に纏わりつく /堀田季何『星貌』

 本詩歌集では、目の前にあるものに対して現状を見つめるだけでなく未来まで透視しているような印象を受けた。例えば、上に引いた二句目では未来から振り返られる未来~現状を詠まれている感触がある。何時でも未来もしくは未来的世界に行けるような強い目力に圧倒される。一句目では、警察署ではなく「警察の蜥蜴」と記述されていることより、警察という職業に就く人にとって蜥蜴を飼うことが平常である世界線に案内してくれている。蜥蜴は宗教的な伝説が複数ある動物で、知恵や予言力があるとされたり目上を敬わずに横柄な性格だと言われたりする。それらの伝説を想起させる本作品の「蜥蜴」への強い印象には、モチーフとして強いはずの「警察」に「蜥蜴」が軽々超えている驚きもある。三句目では、ラッコやゾウや人間など、持つものにはほどよく多量にあるはずの体毛の一本一本が際立つ最中の様子を描いている。音の挙動が「纏わりつく」ようなものであることを思うと身の毛がよだつ感じがあり、このループ感の恐ろしさが魅力である。

 このようにあらゆる時間軸を見せてくれる本詩歌集には、他ではあまり見ないテーマも扱われている。例えば、(p.66-70)神についての一連である。

神さまの啓示またもピンクの三角形 /堀田季何『星貌』
三四ページに神を見つけたのは偶然でした /堀田季何『星貌』

 「啓示」とは、権威的には知識や真理よりも上位にあるものだ。「神さま」が差し出しているものが「ピンクの三角形」であることより、作中の「啓示」とは人間が直接理解するには難しいものであったと捉えられる。しかし、例えば機械語のように全くイメージがつかめないものではなく、なんとなくの印象だけは与えてくれる啓示だったのであろう。ピンクという色には、やさしさのイメージから臓器イラストのイメージまであり、心地良さと気味悪さを兼ね備えたモチーフだ。「神さま」にとっても、私たちが持つ言語や理論は同じように対話し難いものなのかもしれない。神の実体が記述されていたという旨の二句目では、物事の一部として「偶然」を語ることによって必然的に神を見つける場合について考えさせられるのだが、必然的に神を見つける場合とはそもそも一体何なのか、自己に内在している宗教観が問われているようだ。本詩歌集には、普段意識しないレベルに所在する認識を読者に再確認させるような力も含まれているように思われる。

花冷の機械が季何を読み取るの /堀田季何『星貌』

 超世界観の一部を取り出して繊細に書くという行為の丁寧さに惹かれる一冊。本詩歌集には「附録」として第二詩歌集『亞刺比亞』の99句も収録されており、こちらも大変素敵なものであった。

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