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SS「火星一代記」

 火星に移住して30年近く経った。最初はフロンティア精神にあふれ、互いに助け合いながらこの不毛の地を開拓してきたオレたち先発組だったが、開拓が進み、国家や企業が進出してくるにつれて煩わしいしがらみが増えてきた。よくあることだ。

 火星への入植はもともと地球の一巨大国家によって始められた。時が経つにつれデカい企業の進出も始まり、いろんな国家の介入も始まった。かつてはぐれ者たちの憧れを呼び起こしたフロンティアは、瞬く間に地球のそれと変わらない一大競走場になっちまった。金と権力に汚されたこの風土に馴染めなくなった冒険者気質のヤツらは、あるいは極地へ向かって行方知れずとなり、あるいは勝手にロケットを作ってこの星を出て行って、宇宙の藻屑になったらしい。

 さらに悪いことに、いちばん初めから入植事業を担ってきた母国が財政破綻を起こした。詳しい理由はオレにもよくわからない。この地に入ってくる地球の情報は乏しいからな。ともあれ、そのおかげでお上はオレたちが汗水垂らして均してきた土地を全部売っ払っちまったそうだ。それをいいことに、オレたちが開拓してきた土地にはハイエナ共がわんさか群がって、1エーカー単位で権利者が違うという有様になった。ここからここまではあの国の土地、こっからあすこまではあの企業の土地、って寸法にな。で、30秒も歩けば関所が建ってて、通行料を取られる。30秒行くとまた関所にぶつかる。しかも、ムカつくことにそのテの関所はぜんぶ機械がやってる。地球で金を数えてる奴らのところには、こんな辺境の地に送る人間はいないらしい。そんなこんなで、勤め先に行くまでには財布はスッカラカンになっちまう。水道だって電気だって、浄水場や発電所からオレんとこに来るまでに散々関税をかけられて、法外な値段を取られる。それでもヤケッパチにならなかったのは、悪くない額の給金を貰ってたからだ。クビになるまでは。

 会社に馴染めず一匹狼を気取ってたオレには、「財政再建」という名目のリストラで真っ先に白羽の矢が立った。オレには家族も友人もないし、会社からすればいちばん後腐れがなさそうな人間だったんだろう。ありがたいことに頂戴した雀の涙ほどの退職金は、家に帰るまでに底を尽きた。オレは家に引きこもらざるをえなくなった。移動するごとに金を取られるからだ。

 数日後に食料が尽きた。金もなくなって、いよいよどん詰まりだ。地球に居場所がなくてここへ来たのに、新しい場所でも馴染めずに、しかもどこへも逃げられないと来た。こうなっちまったらやることは一つしかない。

 オレの母国のいいところは、銃を持っててもしょっ引かれないところだ。火星でも事情はおんなじ。だからオレは手近な関所を襲いまくって、金をしこたま奪った。遠い火星で機械が一台壊れたからって、出張ってくる企業はそうない。第一これはもともとオレが払った金なんだから、それを返してもらっただけのことだ。これでしばらく暮らしには困らないだろう。金がなくなったら、また同じことを繰り返せばいい。「明日に向かって撃て!」って寸法にな。古い映画だよ。そのうち映画みたいに蜂の巣にされるかもしれねえが、それはそれで悪くない。ガラクタで作ったロケットで宇宙へ行って酸欠で死ぬよりマシだ。

おわり

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