「みの太家、はじまりの物語」
木枯らしが吹くある冬の日。暖簾がかけられたばかりの小さな店の前で、一人の男が深呼吸をした。赤いセーターにカーキ色のロングコート、そしてハンチング帽をかぶったその男は、これから始まる新しい日々を前に、心にわずかな緊張を抱えていた。
男の名はみのる。この日、彼はついに自分の店、「みの太家」の扉を開ける。カウンター越しの小さな厨房には、愛情を込めて仕込んだおでん鍋がぐつぐつと音を立て、優しい湯気を店内に広げていた。
「奈美子、いよいよだな…」
みのるはそう呟きながら、天井を見上げる。奈美子は、みのるの最愛の妻だった。料理人として修行していたみのるを支え、二人でいつか温かい居酒屋を開くことを夢見ていた。奈美子はその未来を語るたび、ふんわりと笑いながらこう言っていた。
「名前はね、『みの太家』がいいと思うの。『もう一つの我が家』みたいな、みんなが安心して帰ってこれる場所にしたいから。」
みのるはその言葉を胸に刻み、彼女との約束を果たすために店を作り上げた。奈美子の故郷である新潟の味を再現したおでんは、彼女がよく教えてくれたレシピをもとに作られたものだ。昆布と鰹節から丁寧にとった出汁は、ほんのりとした甘さと深いコクがあり、具材一つ一つに優しく染み込んでいる。
そのとき、暖簾が初めてくぐられる音がした。「チワッス!」という元気な声とともに現れたのは、近所に住むサブローとミツルだった。
「ここ、新しい店か?」とサブローがカウンターに腰を下ろす。ミツルも続いて、「いい匂いだな、なんか安心する感じだ」と目を輝かせた。
「いらっしゃい。おでんが自慢だ、熱いから気をつけてな」とみのるは、湯気の立つおでんを二人に出した。
サブローが一口食べると、目を丸くし、「うわ、これめちゃくちゃうまいじゃねえか!」と驚いた顔をした。ミツルも「なんだろうな、すごく懐かしい味がする」と頷く。
続いて、ふらりと暖簾をくぐったのはムーニン。「寒いから温かいものが恋しくなるムー」と言いながら、おでんを一口。「これは最高なんだムー。体も心も温まるムー」としみじみ語った。
さらに、槍吹ジョーが大股で店に入ってきて、「おっつぁん、この匂い…ただ事じゃねえな!」と、いきなり拳を握る。「お前、食べ物に戦いを挑むんじゃないムー」とムーニンが突っ込むと、店内は笑いに包まれた。
みのるはカウンター越しにその光景を見つめながら、心の中で静かに呟いた。「奈美子、お前の味が、こうしてみんなを温めてるよ。」
その夜、店内は笑い声と会話で賑わい、みの太家は「もう一つの我が家」として、地域の人々の心に少しずつ根を下ろし始めたのだった。