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ノートパソコンの新調

 大学院留学に備えてノートパソコンを新調した。これまで私用で使っていたタブレット一体型のパソコンだけで1年間の留学生活を乗り切るのは心許なかったからだ。パソコンは男一匹の暮らしの中では高額の部類に入る出費。事前に調べ、店頭で機器を触って購入に至る過程では多くの学びがあるものだ。
 2022年5月、新型コロナウイルス禍が世界を襲ってから3度目となるゴールデンウィーク(GW)では、3回のワクチン接種が進んだこともあって政府からの移動制限は課されなかった。コロナ前とは比べ物にならないにせよ、東京都心はスーツケースを手に歩く人を多く見かけたし、居酒屋は顔を赤らめ盃を交わす若者で溢れかえっていた。一方、大学院進学のために8月から渡英する私に遠出の予定は無かった。歴史的な円安の急進に冷や汗をかきながら英語の勉強や読書、映画鑑賞と通常と変わらない休日を過ごしていた。「面倒くさいことは先に進めておくか」。GW中盤に差し掛かった5月3日に急遽思い立ったのがパソコンの購入だった。
 元々が文系で新聞社という超アナログ会社で育った私にとって、私用パソコン選びというのは中々の苦行である。正直、どの機種でもいいのだ。本当に何でもいい。実際、新聞記者時代は会社からの貸与パソコンしか持っていなかった。独立行政法人に転職してから貸与されたパソコンは使用・アクセスできないアプリやサイトが多過ぎて絶句した(公的機関の性格上仕方ないのかもしれないが、グーグルのGメールでさえ開けなかった)けれど、スマートフォンとの併用で乗り切ってきた。新規購入にあたり要望を出すならば、軽量で持ち運びしやすく、バッテリーが長持ちし、画面が固まりにくいものがいい。メーカーはどこでもいいのだが、新しいことを覚えるのが面倒なので使ったことがあるものから選びたかった。
 今回はパナソニック製「レッツノート」とマイクロソフト製「サーフェス」の二つで悩んだ。レッツノートは新聞記者時代の相棒だったから愛着があるのだけれども、高額なため諦めた。中古市場も見たけれど、ガジェットは新品を使いたかった。そこで選んだのがサーフェスシリーズ。クラウドサービス「ワンドライブ」は学生時代から使っているし、ワードやエクセル、パワーポイントなどのソフトが標準装備されている点も気に入った。また、1年半前に購入したタブレット一体型ノートパソコンは「サーフェスGO2」という機種だったので、同じサーフェスシリーズならば同期性も高いと思った次第だ。
 さて、機種を決めてからの道のりも平坦ではなかった。同じ機種と言えど、スペックによって値段が変わってくるのだ。「CPU」や「メモリ」に「記憶容量」と項目分けされ何やら怪しい英数字が並んでいる。そもそも「メモリ」と「記憶容量」って何が違うのだ。CPUも「インテル」と「ライゼン」の二つがあって頭の中は大混乱だ。「インテル。入っている」という昔のCMのフレーズが頭によぎったものの、その内実はよく分からない。「デジタル機器は確かに便利だけれど、ブラックボックス化したものがあまりにも多くて良くないな」と頭でっかちなことを考えてしまう。本当は調べるのが面倒くさいだけなのに。とはいえ、ある程度の予習は必要なので、様々な比較サイトや動画を隙間時間に見て勉強。2日後には実機を触ってみたくなって店頭に向かった。 

 行先はヨドバシカメラ秋葉原店に決めていた。何となく玄人な客を相手にする店員が多そうな印象があったからだ(おそらくただの偏見だ)。サーフェスコーナーの前を行き来し、パンフレットを見比べながら頭を抱えている私に対し、二十代後半とみられる若い男性店員が「何かお困りですか」と控えめに声をかけてきた。「サーフェスラップトップ4を購入したいのだけど、CPUやらメモリやらどれを選べば分からなくて・・・」。正直に打ち明けると、その店員は違いを料理に例えながら誇らしげに説明してくれた。

 「CPUはコックの腕」
 「メモリはガスコンロの数」
 「記憶容量は食材を収める冷蔵庫」

 思わず先を聞きたくなるフレーズだった。店員の説明はこうだ。

 「CPUはコックの腕。料理人ごとに得手不得手があるように、CPUも種類ごとに得手不得手があります。インテルは一つのタスクを深く長く続けるのが得意で、ライゼンは複数のタスクを同時に処理する能力に長けています」

 「メモリはガスコンロの数。どんなに料理人の腕が良くても、ガスコンロの数が少なければ同時に作れる料理の数や調理スピードに影響が出ますよね。8GBよりも16GBの方がアウトプットをたくさん出せると考えていただければ」

 「記憶容量は冷蔵庫です。写真や動画などを機器本体に保存できる量を示しています」

 この例え話はとても分かりやすくて私は感銘を受けた。難しい物事を難しく説明するのは誰にだってできる。でも、専門的な話をかみ砕いて説明するには深い理解と伝える能力が求められる。この店員の説明は日頃からの鍛錬の証であり、「どうすれば客に分かりやすく伝えられるか」を考え抜いている。まさにプロの仕事。見習うべき仕事への姿勢だった。この日は夕方から酒席があったので、購入せずに店を出ることにした。
 翌5月6日、ついにサーフェスラップトップ4を購入した。しかも2022年度に大学院進学するということで、学割が適用された。通常のモデルよりも3万円以上安い。学割は最高だ。最後に一つ懺悔させてほしい。購入先は素敵な説明をしてくれたヨドバシガメラではなくビックカメラだった。1万円分以上たまっていたポイントに目がくらんだのだ。大きな学びをくれたヨドバシカメラの店員さん、ごめん。あなたの真摯な姿勢と素敵な説明は私の中で生き続けるので許してほしい。

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