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過去と現在をつなぎ、時の旅人になるホテル


小学校のときの記憶・・・。桜の花びらが舞い散る中、母に手を握られ写真を撮った入学式。黄色の小さな帽子をかぶり、背中を伸ばし腕を伸ばして渡った横断歩道。U字を描きながら、初恋の相手を追いかけた階段の踊り場。遠くに霞むゴールテープを、上目遣いで見ながらピストルの音を待った運動会。ブーケを挿してもらった胸を張り、下級生のアーチをくぐった卒業式。そんな切ない記憶や思い出を呼び起こし、旅人を過去の記憶と郷愁へ誘うヘリテージ(*1)ホテルがある。

*1:遺産、伝統、伝承のこと

地域に愛されたモダンな小学校としての記憶

コンセプトは「記憶を刻み、未来へつなぐ」。悠久の歴史を誇る京都の地で愛されてきた学び舎に新たな息吹を吹き込み、生まれ変わったホテルがある。今から154年前の明治2年(1869年)に開校、昭和8年(1933年)に現在地に移転して建てられたのが元 京都市立清水(きよみず)小学校。歴史的遺産であるこの校舎を活用したのが「ザ・ホテル青龍 京都清水」だ。世界遺産の清水寺を背景に、東山の中腹に静かに佇んでいる。

 

祇園を抜けて清水坂を登った中程、法観寺の五重塔が見え始めた頃、左手に南欧風のベージュの外壁の建物が目に入る。人造石の洗い出し仕上げとタイル貼りの外壁に加え、屋上にはスパニッシュ瓦葺きの手すり壁が施され、木製の腕木が等間隔に並ぶ。アーチ状に連続する窓と相まったモダンで洗練された外観は、日が暮れてライトアップがされると陰影が際立ち美しい。

明るいベージュのタイルにダークブラウンの腕木がアクセントの校舎は、現在の東山の地に移転した後、90年にわたって地域のシンボル的な存在だった。数多の卒業生を送り出してきた清水小学校が他の小学校と統合することになり、惜しまれつつ歴史を幕を閉じたのは、平成23年(2011年)3月24日のこと。

 

そんな清水小学校が「記憶を刻み、未来へつなぐ」をコンセプトにしたラグジュアリーなホテルに生まれ変わった。小学校の記憶を残し、大人の空間として「ザ・ホテル青龍 京都清水」がオープンしたのが2022年3月22日。小学校としての役目を終えた閉校から11年の歳月を経て、昭和初期のモダンな建築は再び人々が集う場となった。

 

小学生の記憶の断片がそこかしこに。「ザ・ホテル青龍 京都清水」

「ザ・ホテル青龍 京都清水」のハイライト。それは今を楽しむだけでなく、ゲストを過去の記憶と郷愁へと誘うことではないだろうか。ゆったりくつろぎながら、時の旅人として記憶を呼び起こす断片が、ホテル内のそこかしこに散りばめられている。

エントランスから導かれたレセプションでは、肘掛けがついたゆったりしたシートに案内される。コンシェルジュカウンターのような席では、時間に急かされることはない。ゆっくりと座ったままチェックインを終えると時空の旅へ出発だ。

渡り廊下からは赤いポストが見える。実際に使われていたというこのポスト、LINEもメールもない時代に生徒たちはここから文通相手に手紙を送っていたのだろうか。

部屋へのアプローチは、シックなモザイク模様の廊下を進む。小さな子どもなら、モノトーンの一松模様の連続にケンケンパーをするのだろうか。階段の手すりには子どもたちの落書きが残されている。指でなぞると、子ども時代のいたずらが蘇るようだ。外光が階段の踊り場には当時の清水小学校の校章が彫られた衝立が置いてある。

館内のいたるところにアート作品がある。廊下の途中には小鳥の彫刻。スリットから差し込む夕方の光は柔らかく温かで、誰もいなくなった放課後のように静かな時が流れていた。歩きながら、ふと感じた感触。それは子どもたちの嬌声が光の粒となり、学舎としての役目を終えた後も空間を満たしているような感覚だった。校舎のそこかしこに刻みこまれた先生や子どもたちのエネルギーが、ホテルに変わった後でも、今なお発散を続けているように感じるのだ。

 

「ザ・ホテル青龍 京都清水」の部屋数は48。決して多くはない。ゲストエリアはカードキーによって完全に外部の喧騒と切り離されている。宿泊客は静かに郷愁に浸ることができる。

アーカイブコーナーには、小学校として使われていた当時の写真や地域にまつわる資料などが展示してあり、建物に刻み込まれた歴史を見ることができる。

過去と現在を行き来する。滞在が目的となる豊かな空間

現在に視点を戻してみよう。客室はシンプルモダンで落ち着いたインテリア。部屋ごとに異なる眺望を楽しめる。大きな窓から法観寺の「八坂の塔」や清水寺を一望できる部屋、ガーデンビューが楽しめる部屋など、それぞれ異なる京都の街並みを存分に堪能できる。パノラミックスイートからスタンダートキングまで部屋のタイプは15種類。パゴダ(仏塔を意味する英語)ビューの部屋からは法観寺の「八坂の塔」を望める。

 

中庭を囲む宿泊客専用のゲストラウンジでは、窓の外の四季折々の自然を眺めながら、リラックスしたひとときを過ごせる。一口サイズの軽食や各種ドリンクが用意され、抹茶のお点前体験もできる。カウンターにはコンセントもあるので、 PCを開いてワーケーションも可能だ。

 

「ザ・ホテル青龍 京都清水」は静かなホテルでありながら、その内部には一転して極めてエッジが利いた場所がある。それが4階にあるルーフトップバー「K36 Rooftop」。その名の通り天井は青空だ。屋根がない。4階といえども、標高が高い東山の中腹にあるため、眼下に五重塔、西方には嵐山の山並みを望む。圧巻の眺望を愛でながら至福の一杯を楽しめる。京都の街の全てを見渡すこのバーからは、毎年8月16日に行われる五山の送り火を望むことも。オススメはトワイライトタイム。晴れた日の日没直前、昼と夜が交じり合い西の空がブルーからオレンジ色、そしてネイビーのグラデーションへと変化するゴールデンタイムだ。訪ねる時は事前に日没時間を確認し、予約をするとよいだろう。

朝食はたくさんの本に囲まれて

朝食は、本の林の中で楽しめる。「restaurant library the hotel seiryu」は高い天井の元講堂を活用した心地よい空間だ。店内のテーブルは約1,100冊もの書籍に囲まれて小学校の図書室を彷彿させる。容器も学校給食をイメージさせる。Well-being Breakfastのメニューの1つ、ギリシャヨーグルトは牛乳瓶をイメージした厚手のぽってりとしたガラスの容器入りだ。

「restaurant library the hotel seiryu」ではディナーも提供される。オススメのメニューは「九食」。給食からインスピレーションを得たネーミングは、その名の通り9つの要素から構成されている。 

「ザ・ホテル青龍 京都清水」は風水の青龍を名前に抱く

旅人を惹きつけてやまない京都。平安時代から風水の四神によって守られてきた地でもある。四神とは東の青龍、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。「ザ・ホテル青龍 京都清水」は、京都の東方、東山の護り神として信じられてきた「青龍」を名前に抱くホテルだ。天に昇る龍に開運を期待するのは筆者だけだろうか。

人生を重ねて、ふと、過去の記憶を振り返る旅をしたくなったとき。「ザ・ホテル青龍 京都清水」は過去と現在をつなぐ旅先なのかもしれない。ノスタルジーに浸りながら、ゆるくなった涙腺が過去を浄化し、残りの未来に再び視線を向ける体験ができるだろう。

(了)

 

参考資料:

https://www.seiryukiyomizu.com/