見出し画像

遠隔気功って…? ~遠隔気功についての小論文~

「遠隔気功」という言葉は、多くの方にはなじみがないものだと思います。当記事は遠隔気功について、まじめに、ていねいに、筋道立てて説明することを試みた小論文です。

遠隔気功って…?

 「遠隔会議」「遠隔セミナー」など、今どき「遠隔〇〇」という言葉がメジャーになりましたが、気功も遠隔でできるんです、「遠隔気功」。
 …って聞くとどう感じますか?常識的な人ほど、まず「あやしい」と思うのではないでしょうか。それが正常だと思います。しかし気功セラピストとしては新型コロナが流行している今、ご来院スタイルだけではなく遠隔気功もあるということを知っていただきたいのです。「絶対できます」「信じてください」などというと余計にあやしく感じると思いますので、ここでは「遠隔気功が成立するわけ」をある程度筋道立てて説明してみたいと思います。

量子力学から

 気功に関する記述がある本に「遠隔気功が成立するのは量子力学で説明できるのでは」と書かれていることがあります。そして量子力学を使った仮説や、それにもとづく研究があるようです。
 ちょっと難しすぎるのでここでは詳しく書きませんが、今の段階では「一般にその説が広く知られている」とまでは言えないようです。

経験的な知として

 世の中には「科学的に解明されていないけれど、役に立つ知」というものがあります。たとえば、伝承農法などがそうです。「この野菜とこの植物を一緒に植えるとお互いよく育つ」という植物の組み合わせがあります。こうしたものは「コンパニオンプランツ(共栄作物)」として研究されていますが、なぜお互いによく育つのか科学的にはまだ解明されていない部分も多いそうです。
 だからといって、このような知が「役に立たない」というわけではないですよね。農薬を使わずに病害虫の被害を防げたりするので、このような知を伝承農法として活用する農家さんもあるそうですよ。
 「遠隔気功」も、それを扱う人たちの中で「経験的な知」としてとらえられている段階にあると思います。科学的には解明されていないけれど、経験的に「それが役に立つ」ということが知られているため、その知を活用する人がいる、というわけです。

遠隔気功の事例

私の最初のクライアントから、ある時「すぐに気功をやってほしい」と連絡がありました。異常反応が大きかった方で、好転反応が強く出て困っていたそうです。すぐに来てもらうのも、またこちらから会いに行くのも難しい状況でした。
「遠隔で気功をするので、お家で20分くらい横になっていてください」
と連絡した上で、離れた場所から気功をしました。あとでご本人に確認すると、ちゃんと効果が出ていたそうです。どんな場合も遠隔気功のあとは必ずご本人に連絡を取るようにしていますが、対面の場合と効果に変わりがないということを確認しております。

「一分間の黙祷をささげましょう」

 今度は背理法的に説明してみます。自治体の広報で
「一分間の黙祷をささげましょう」
という放送が流れることがありますよね。広島、長崎に原爆が投下された時刻や、東日本大震災の発生時刻などです。すごく離れた場所から祈りをささげることに、何か意味があるのでしょうか?
 ここに意味がないとしたら、「遠隔気功は成り立たない」ということになってしまいます。

「祈り」の効果

 黙祷(祈り)をささげると、どんな効果があるのでしょうか?
 祈りの波長は、等間隔で精妙な整った波長です。このような波長には心の毒を浄化するはたらきがあります。

心の毒とは

 一義流気功では、「気」はすべて物質とみなしています。心が動揺したり苦痛を感じたりした時に生み出される「気」のことを「心の毒」と呼んでいます。上の図のように、乱れた形状をしています。
 「心の毒」はその苦痛や動揺を生み出したできごとの記憶にくっついていて、できごとを思い出すたびに苦痛を呼び起こします。

「心の毒」と「祈り」

 このような「心の毒」に浄化波長がぶつかると、心の毒のほうが形状を変え、乱れた形ではなくなります。いわば「上書き」されるような感じで、無害な物質に姿を変えるのです。
 心には自然治癒力が備わっていて、心の毒を無害化したり、排出したりする機能が本来あります。
 「自然治癒力に任せっきりにしないで積極的に心の毒を浄化しようとする」ということが、みんなで黙祷をささげることの目的です。

集団での「祈り」

 こうした「祈り」の効果を認めるのは、一義流気功だけではありません。医師や僧侶などといった立場の方が呼び掛けて、時刻を決めて大勢で災禍に対する祈祷を行うといったこともあるようです。
 東日本大震災の直後にもこうした動きはありました。
今の新型コロナウィルス禍に対しても、奈良の東大寺がホームページで定刻に共同での祈祷を呼びかけているそうですよ。※

※東大寺の「正午の祈り」は2023年5月に終了となったそうです。
(2023年8月追記)

参考:東大寺公式ホームページ

一人で祈りをささげるよりも、集団で祈祷したほうがその人数の分だけ効果もパワフルになるはずです。それは、離れた場所から参加しても同じです。だからこうした呼びかけがあるわけです。


広島では…

 70年以上に渡り、現地で、また遠隔地からも祈りをささげられている広島は今どうなっているのでしょうか?私はある本で、こんな記述を目にしたことがあります。
 コミックエッセイ『視えるんです』の作者、伊藤三巳華さんはいわゆる「霊感の強い人」です。広島に行ったら原爆で亡くなった人の霊がたくさん見えるのだろうかと予想して広島に行ってみたそうですが、実際には「何もない」「何も感じない」「ただまっ白」と感じられたそうです。伊藤さんは「たくさんの人々の祈りがすべてを白く浄化したのかもしれない」と書いていらっしゃいます。
 もちろんこうしたことは主観的な体験に過ぎず、「科学的な根拠」とは言えないと思います。しかし伊藤さんが言うように、「祈りの効果」というものも確かにあったのではないでしょうか。原爆投下後の広島では、莫大な量の心の毒が生み出されたことと思います。それが、単に「時間が経ったから風化した」とはやはり考えにくいです。現地での祈りだけではなく、遠隔地からの祈りも力添えになっていたのでしょう。

参考資料:伊藤三巳華『視えるんです2』(角川書店)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?