名著「失敗の本質」に学ぶ、日本の外科の失敗の本質
1984年に発刊され、今なお売れ続けている「失敗の本質」。内容は第二次世界大戦における日本軍敗戦の要因を6人の研究者が組織論からアプローチし、検証したものです。
なぜこの本が「名著」として今も売れ続けているのか?
それは、第二次世界大戦における日本軍の失敗は、現代においても日本の組織が陥りやすいことが共通しているから。ビジネスの世界では有名な一冊で、多くの経営者が座右の書としています。
そして、この本を読んでいると、当時の日本軍がまるで外科(心臓外科)の組織を見ているような部分が多々あり、未だに日本軍の犯したような失敗から脱却できていないように感じます。
男性優位、タテ社会、根性論がまかり通る「外科」は、まさに現代の「軍隊」とも言える組織かも知れません。この本の中から外科が「失敗の本質」から学ぶべきことを5つ挙げたいと思います。
1. 職人芸、個人技に頼り、システム思考に変換できない。
日本軍は、零戦の操縦、放射撃や魚雷の命中率など、個人技を神業レベルまで訓練することで、当初はアメリカ軍を押していました。しかし、高い能力の個人を失うことで戦力が大幅にダウン。一方の米軍は、高性能のレーダーや命中しなくても撃墜できる兵器、個人技では劣ることを把握した上での戦略を立てて、迅速に対応しました。
現代においても、メディアが特定の外科医を「神の手」と称してもて囃したり、「名医本」が売れるのは、医療側の問題ではありませんが、「匠の技」「職人芸」を好む日本の国民性は普遍的なものかもしれません。
手術を極めることは外科医個人として当然のことではありますが、一定の術者に手術が集中して後継者が育たないのは、その時にはその術者が結果を出したとしても、中長期的にそれがよいシステムとは言い難いと思います。
2. 失敗の要因を「努力不足」という精神論に帰結しがち。
長時間手術は時として避けられないものの、手術以外の仕事が非常に多い日本の外科医の労働環境に対して改善策を打たず、「これぐらいの仕事量に耐えられないならば外科医にはなれない」「若いうちは苦労は買ってでもすべき」という精神論は、上記とは少し違うかもしれないが通ずるところがあると思います。
少なくとも外科医になろうという人は、ある程度の覚悟をもって選択していると思いますが、途中で辞めてしまう人も多いのは、こういうことも要因になっていると思います。
3. 成功体験を「形式」としてだけ伝承し、成功の本質を伝承できていない。
過去の成功体験を「形式」としてだけ伝承し、どうして成功できたかの本質を考えなず、やみくもに同じ行動を繰り返したことも、敗因の一つでした。
上司に「どうしてこの手術方法でやっているんですか?」と聞いた時に、「ずっとこうやって上手くいっているから」という返事だったことはないでしょうか?
年功序列型の組織では、評価の指標が明確ではく、上司がやっている「型」ができていれば評価される…というのも外科でよくある話だと思います。「権威として戦略を虎の巻化する習慣・文化※」は、目標が変化した時に対応できず、それでも同じことを繰り返し続け、過去の方法が通用しない時に混乱をきたします。
(※「超」入門 失敗の本質 / 鈴木 博毅 より)
4. 個々の戦いで勝つことが目的と化し、全体を俯瞰したグランド・デザインが欠如している。
本の中で終始出てくることとして、日本軍の戦略が「あいまい」だったこと。俯瞰したグランド・デザインが欠如しており、戦略的に無価値な島を領土として侵攻し、時に場当たり的に対応していたことが敗因の一つだったとしています。
外科における「勝利」とは、
「手術が必要な国民が、遅滞なく
質の高い手術が受けられること」
ではないでしょうか。
少ない症例数の病院がたくさんあるよりも、多くの症例数を限られた病院で行った方が手術成績がよく、外科医がたくさんいれば複数のチームで対応できるため24時間365日体制が可能となります。多くの症例数をこなすことは、若手外科医や他の医療職のレベルアップにもつながります。
外科医は「絶滅危惧種」と言われてはじめて10年以上経過するにも関わらず、「施設集約化」「働き方改革」という「あいまい」な戦略のままで、いくつかの成功事例で満足しているような風潮は、日本軍の失態と変わらないのではないでしょうか。
5. 現場のフィードバックを無視する、一方通行の組織体制。
米軍はトップが積極的に前線の兵士を本部に呼び出し、意見交換・情報収集を行ったり、リーダー自らが現場に赴いたりして、迅速な改善に取り組んだのに対して、日本軍は重要な情報が組織で濾過要約されて、トップには概略しか伝わらず、愚策を連発しました。
外科において「現場のフィードバックを聞こう」という姿勢は以前よりはあるように思うが、主観的で「帰納的」な戦略策定、空気の支配。トップには濾過要約された概略しか伝わらない、言ったことに対して反論しづらい組織の結末がどうなるかは、日本軍が教えてくれています。
と、書きたい放題書いてみましたが、所詮、「影響の輪(7つの習慣 / スティーブン・R・コヴィーより)」でいうと私は輪の外だと思うので、私にはどうすることもできません。しかし、諦めているわけでは全くないので、このようなところに記して遠吠え的に小石を投げ続けているわけです。
そして、次の世代が少しでもよくなるように…という気持ちで「深心塾」を始めた次第です。
追記:原著は全部読んでもいいですが、1章は「アナリシス」のところだけ読んで、それ以外のところは読み飛ばし、2章、3章を読むことをお勧めします。また、名著のため、関連本も多くあります。原著が読みにくいと思った方はこちらで読んでみてはいかがでしょうか?
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