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週末歌仙*葉ノ漆

歌を詠むということ

短歌とは、感動したこと、悔しいこと、悲しいことや嬉しいこと、すべてを言葉にのせて表現するものです。
歌を詠むこと、それは、長い人生において心の薬となるでしょう。
私も人生の山坂を短歌に支えられ、 81歳 まで 生きてこられました。
だからまず難しいことはおいといて、あなたの心が感じたままに、歌をつくってみてください。
きっと作歌の楽しさが、だんだんわかってきますよ。(楓美生)

歌人・楓(かつら)美生(みお)
昭和17年10月28日 杉並区荻窪生まれ

玉川上水の桜橋を散歩中、その後歌の師と仰ぐことになる人物と
偶然出会ったことがきっかけで、短歌を始める。
多摩歌話会(歌人集団)に15年ほど所属。
NHK、地方の短歌大会入賞。
現在は近所の歌好きを集めて、短歌の指導をしている。

<好きな歌人>
栗木京子、寺山修司、尾崎左永子
<好きな歌>
ここに咲きここに散りゆく秋萩のごとき一生(ひとよ)を悔いざれよゆめ

第一首

(想像してみてください…)

雨上がりの曇天。
四十九日法要で帰った実家は、縁側の窓を開け放っていても蒸し暑い。
普段顔を合わす機会も少ない親戚やお経をあげてくれたお坊さんとの、しんみりした会食。
ふと、庭を渡って吹き込む風が、甘い香りをまとっていることに気づいた。
香気を放っているのは白いカサブランカ。
庭の一画で咲き誇るそのユリは、今は亡き母が元気だった頃に植えたものだ。

ここで一首ーー
(みなさんなら、どんな歌を詠みますか? わたしの歌は……)

どんよりと
沈む空気に 流れくる

亡き母植えしカサブランカの香
<2006年 梅雨時に詠む>

<解説>
亡くなった母を偲ぶ歌なので、あまり晴れ晴れしい雰囲気で詠むわけにはいきません。そこで考えたのが、冒頭に置いた「どんより」という言葉。
実はこの言葉はふたつのものを表現しています。
ひとつはすぐ後に続く「(場の)空気感」。もうひとつは空模様です。
歌の中には曇り空について直接の記述はありません。でも、この歌を読んで爽やかな快晴を思い浮かべるひとは少ないのではないでしょうか。それが「どんより」の威力なんです。そしてこの「どんより」は、最後の「カサブランカの香」をより芳しくする役目も担っています。
曇り空から想起されるのは「雨」ですよね。ガーデニングをするかたならピンとくるかもしれませんが、花の香りは雨上がりにより強く立つんです。またビジュアル的にも、薄墨色の空の下、雨のしずくを花弁に抱いた白いユリ……とても絵になると思いませんか?
わたしはこのユリの香りで元気だった頃の母を思い出したわけですが、実は香りと記憶には深い関連があるんだとか。少し難しい話になりますが、嗅覚は視覚や聴覚などほかの感覚とは違い、視床下部を通らずに直接大脳辺縁系で処理されます。すぐ近くには記憶を司る「海馬」があります。だから香りと記憶は結びつきやすいと言われているんですね。しかも大脳辺縁系には「快・不快」などの情動に関わる偏桃体という部位もあるので、特定の香りを嗅ぐことで楽しくなったり悲しくなったり、懐かしくなったりする。これはもう人体の構造なので、この一連の展開を多くのひとが体感的に納得できるのではないかと思います。だとしたら、これを活用しない手はないですよね!
直接言葉にしていないものを感じさせる短歌は、味わい深いものになります。ぜひみなさんも、「香り=記憶」の仕掛けを試してみてください。

歌を詠んでみましょう!

テーマは……
香りと記憶

・・・・・・・・・・

第二首

(想像してみてください…)

お盆の終日。
黄昏時に皿へおがらを盛って、火をつける。
乾いたおがらは一瞬で燃え上がり、白い煙が勢いよく空へと立ち昇る。
そんな景気よく燃えてくれるな。
少しいびつなナスの牛車で、のんびり帰ればいいのだから。

ここで一首ーー
(みなさんなら、どんな歌を詠みますか? わたしの歌は……)

送り火を
たきて浄土に 亡夫(つま)*送る
赤々燃えて消ゆる淋しさ
 
<2019年、自宅にて詠む>

注)短歌では「夫」を「つま」と読ませる。

はがき絵・ともこ作

<解説>
都会ではあまり見かけないかもしれませんが、お盆の最初と最後には苧殻(おがら)という乾燥させた麻の茎を燃やす風習があります(※宗派や地域によって違いがあります)。
初日の迎え火は御霊が迷子にならず家へ帰ってくるための目印として、最終日の送り火は、煙に乗ってあの世へお帰りになる御霊をお見送りする意味があるそうです。
お盆のお供え物を置く精霊棚に、きゅうりやナスが飾られているのを目にしたことのあるひとも多いのではないでしょうか。あれは、御霊がこの世に戻ってくるときには足の速いきゅうりの馬に乗って、帰る時には親族との別れを惜しみながら足の遅い牛でのんびりお帰りいただくために飾るものなんですよ。ですが生前短気でせっかちだった夫なので、送り盆の火はぼうぼう燃えるし煙は勢いよく立ち昇るし……きっと道草しながらのんびり歩く牛にイライラしてお尻を叩いているのかしらね? なんてことを思ううちに赤々とした火が燃え尽き、ひとり夜の帳(とばり)に包まれると、ふっと寂しさが込み上げる。そんな気持ちを詠んだ歌です。

歌を詠んでみましょう!

テーマは……
1)迎え火・送り火
2)亡きひとを偲ぶ

・・・・・・・・・・

『作歌のこころみ』新設!

『週末歌仙』では、老若男女問わず気軽に作歌を楽しみたい方を募集中です。
「うまくつくれない」
「それ、おもしろいの?」(おもしろいです!)
そんな皆さんは、まず肩の力を抜いて、自分の心と向き合いましょう。
なにかを美しいと感じたり、楽しいと思ったり……。心を動かされたら歌の詠み時です(笑)

『作歌のこころみ』

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(すべての作品の掲載をお約束するわけではありません。)
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 また、応募作品の著作権は応募者に帰属しています。『週末歌仙』でご紹介する以外に使用することはありません。

ちょっとやってみようかな、と思ったかた、ぜひご応募お待ちしています!


短歌:楓 美生
はがき絵:ともこ
編集:妹尾みのり

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