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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】ヴィラ・ローレルへようこそ(10)

最終話 輝ける未来

 今日は多紀さんの百日忌。
 と言っても、午前中にお坊さんの読経を済ませて、午後からは出入り自由な立食パーティー形式だ。ホスト役のゆきちゃんは、お客さんの出迎え&見送りで、なんだかとても忙しそう。
「多紀さんって知り合い多かったんだね~。う~ん、全客バンザイ!」
「それを言うなら千客万来やろ」
 ユフィルに突っ込まれる。
「多紀さんのお知り合いではない方もお見えですがね」
 榊がグラスとお皿の追加をスタッフさんに指示しながら、そう零した。
「そうなの? なんで来てるの?」
「もちろん、征斉さまと会うためにです」
「?」
「おっと、うるさがたのおいでや。俺、あんひとら苦手なんで、ゆきのほう手伝ってくるわ」
 そそくさと離れていくユフィルと入れ違いに、見覚えのある3人が近づいてくる。
 こないだもヴィラへ来た、太ったおじさんふたりとしなびたお爺ちゃんだ。今日はあの女のひとは一緒じゃないみたい。
「ずいぶん派手にしたものだな、榊くん」
「まあ、一条さんはにぎやかなのが好きだったからね。いいんじゃないかい?」
 太ったおじさんふたりが挨拶省略で榊に話しかける。
「遠路はるばる足をお運びいただき、ありがとうございます」
 榊が軽く頭を下げる。
「ところで、れいのプラネタリウムのほうはどうかね? 予定より遅れていると聞いたが?」
「途中いささか難航もしましたが、今は遅れを取り戻しつつあるようです。予定どおり秋のオープンに間に合うでしょう」
「コストがかかっているからね、失敗は許されんよ」
 榊が眼鏡の奥で目を細める。
「私の監督下で失敗があり得ると?」
「い、いや、きみのことは信頼しているがね……」
(つまり、ゆきちゃんを信用できないって言いたいんだよね?)
 思わず怒りの変顔になりかけた時。
「I'm glad to finally meet you!」
 大きな声でなんか言いながら、背の高い外国人が戸口付近にいるゆきちゃんをハグした。
「Thank you for coming, Dr.Priscott.」
 それへ、ゆきちゃんが流ちょうな英語で応じている。
「あれは……プリスコット博士じゃないか」
 驚いたようにおじさんふたりが戸口を見つめる。
「誰?」
「世界的に有名な宇宙物理学者で、サイエンス・コミュニケーターでもあります。科学番組の制作・出演に本の執筆、手広く活躍されている方ですよ」
「ほぇ~」
 榊の説明で、とりあえず有名なひとだってことは判った!
「なぜ博士がここに?」
 おじさんが榊を振り返る。
「プラネタリウムで提供するプログラムの全面監修をお引き受けいただきました」
「なにっ、本当か?」
「あの忙しいひとがよく『うん』と言ったな! だが彼の知名度と実績があれば、話題になることは確実だ。でかしたぞ、榊くん!」
「交渉したのは、征斉さまですよ」
「なに?」
「私は博士に頼むのがいいのではないかと提案しただけで、そこから契約締結まで漕ぎ着けたのは、征斉さまの功績です」
「む……」
 ムズカシイ顔でおじさんふたりが黙る。
「ついでにご報告すると、映像コンテンツはオフィス・Doが担当します」
「今ノリにノッている若手集団じゃないか! だが気難しくて、仕事を選ぶので有名だぞ?」
「征斉さまは彼らが無名だった頃の制作物からすべて目を通されて、その感想や雑談から交渉を始めたそうです。今では気心の知れた友人のようですよ。それと、定期的に音楽家を招いて生演奏を聴かせるというイベントを企画していますが、その1回目に此上ももこさんをお呼びすることが決まりました」
「彼女も……自分のコンサート以外ではめったにひと前に出ないフルート奏者……」
「ええ。ですので何度もコンサートへ足を運び、手紙やメールをお送りしたのだとか。この間、彼女が内々で催した誕生日会へお呼ばれしていましたね」
「………」
「表面化していなかっただけで、彼は着実に結果を出しています。天性のひとたらし、とでも言うのでしょうか。経営者としてはまだまだ心許ないですが、なかなかに有能ですよ、彼は」
(榊が褒めた……!)
 まさかそんなことが起きるだなんて思ってもみなかったから、あたしはあんぐり口を開けて榊を見上げてしまう。
「………」
 チラ見で睨まれた。
「……わしらもそろそろ色眼鏡をはずさねばならんかの」
 お爺ちゃんが呟いて、戸口へと足を向ける。
 ゆきちゃんの前で立ち止まると、
「プラネタリウムのオープン・セレモニーには、わしも出席させていただくよ」
 そう声をかけて外へと出ていく。
「期待しているよ、征斉くん」
 ひとりがゆきちゃんの肩をぽん、と叩き、おじさん達もその後に続いた。
 彼らの後ろ姿をボーゼンと見送っていたゆきちゃんが、脱力するように隣のユフィルへ凭れかかる。
「おっと」
「ごめん、ちょっと……気が緩んじゃって」
「緩めている暇はありませんよ」
 言いながらゆきちゃんへ近づくと、榊が指で眼鏡を押し上げた。
「期待をかけられた以上、それを超える結果で応えなければ」
「裏切らないだけじゃダメなの?」
 苦笑まじりに突っ込んだら、
「裏切らないだけなら誰にでもできます」
「いや、誰にでもはできないと思うよ?」
「相手の予想と期待値を上回る成果をあげる――それが、次の仕事へ繋がります」
 ゆきちゃんがユフィルに凭れていた身を起こす。
「肝に銘じます」
 その顔は、あたしが今まで見た中でいちばんキレイで、かっこよかった。
「………くぁあああ~っ」
「なんですか、いきなり……!?」
 突然頭を抱えて奇声を発したあたしを、榊がギョッとしたふうに見下ろす。
「いや、だって、みんないろいろがんばってるのにさー、あたしだけいつまでダラダラしてていいのか、いや、よくない!」
「反語ですか」
「飯ごう?」
 あたしのボケは無視して、榊がなにか考えるように顎先へ指をあてる。
「……前から気になっていたのですが……お嬢さまのその爪は、ご自分でなさっているのですか?」
「え? ネイルのこと? そうだよ」
 今日はあんまり目立つとよくないと思って、クリーム色のサンドジェルにリボンパーツをくっつけたネイルを、榊の目の前にかざしてみる。
「え、もしかしてやってみたいの?」
「私ではありませんよ。実は観光エリアにあるサン・ホテルのオーナーから、女性客向けのアメニティを拡充したいと相談を受けておりまして。今はスパでフェイシャルエステやマッサージサービスを行っていますが、もう少し特徴を出したいそうで……」
 榊があたしの顔をまっすぐに見る。
「もし、あなたにその気があるのでしたら、話をしてみますが?」
「え……あたし……?」
「当面は、月に1、2度の特別イベント扱いではどうでしょう?」
「でも……できるかな、あたしに……」
「できる、できないではなく、やりたいかやりたくないか、です」
 きっぱり言われて、思わずゆきちゃんのほうを振り返る。
 でもゆきちゃんはなにも言わず、ただ黙って微笑んでいて。
(そうだよね、あたしが決めなきゃダメだよね……)
 しょーじきいろいろ不安はある。今までの失敗体験がそーまとーみたいに頭の中へ浮かんでは消えていく。
 でも。
「……やって、みたい……!」
 と、その時。
「あら、あたくしもぜひお願いしたいですわ」
 後ろからあたしの爪を覗き込むようにして、ナントカ夫人が現れた。
「これは……二ノ宮夫人」
「先日我が家へいらした時にも、密かに注目していましたの」
 ナントカ夫人があたしの手を取る。
「少し雑だけど、とてもセンスがいいわ。これならきっと、みなさんに喜ばれるはず」
「みなさん、とは……?」
 首を傾げた榊へひとつ頷き、
「実は、週に1度ご婦人だけを集めたサロンを開く予定ですの。いらっしゃるのはみなさん鷹揚で裕福な方たちよ。多少の失敗は大目に見てくださるはずですわ」
 ナントカ夫人があたしの眼をじっと見つめる。
「いかがかしら? いい練習になると思うのですけど?」
「あ……」
(本気で仕事にするんなら、もっと丁寧にやって……もっと、うまくなりたい……。そして誰かに、みんなに、喜んでもらいたい……!)
「やりたいです! お願いしましゅ!」
 噛んだ。
「では」
 榊が口を開く。
「明日にでももう一度、淑女教育の先生方をお呼びしましょう」
「えっ!?」
「そうですわね、サロンではランチをごちそうする機会もございますから、テーブルマナーは身に着けていただきたいですわ」
「えー……」
 またあの大量のフォーク、スプーンと格闘しなきゃいけないのか……。
「よし、じゃあそろそろ、あれやるか? アーシュ、手伝うて」
「はーい」
 ユフィルとアーシュが庭へと出ていく。陽が傾いた空は、紺色と茜色がせめぎ合っているところだった。
「やるって、なにを?」
「ライトアップ」
 左右の植え込みの中へ、ユフィルとアーシュがそれぞれ入っていく。
 そして。
「わぁ……」
 ヴィラの正面に延びる月桂樹の並木に、電飾が灯った。
「キレイ……」
 まだ居残っていた来客達からも歓声が上がる。
「すごいね、いつの間にこんなのつけたの?」
「午前中に漣がな。ぶつくさモンク言っとったけど、ピタ―ッと左右均等に電球ついとるあたり、らしいというか。あいつこういうとこ、ホント器用できめ細かな仕事しよる」
 見た目おおざっぱなのに、なんか意外!
「あ、もうライトアップしたんですね!」
 そこへ桂くんが姿を現す。
「お疲れさまです。厨房のほうは?」
「もうほぼ片づきました。今は遅番シフトの者だけで対応してます」
「そっか、桂くんも今日は朝から忙しかったんだね。疲れたんじゃない?」
「なんの。ヴィラの立食ショボかった、とか言われたくないからね」
 爽やかな笑みを見せる。
 海水浴の時も思ったんだけど、桂くんて結構負けずぎらい?
「月桂樹……多紀さんの好きな木だね」
 ゆきちゃんがナントカ夫人と一緒に部屋の中から出てきた。
「多紀さんの?」
「うん。だから屋敷の名前も『ヴィラ・ローレル』」
「? ……あっ、カレーに入れるやつだ!」
 どっかで聞いたことがあると思ったら、ハーブにあるあの葉っぱのことか!
「月桂樹の花言葉は知っていて?」
 ナントカ夫人がゆきちゃんへ問いかける。
「『勝利』……でしたか?」
「ほかにもあるで?」
 電源を入れて戻ってきたユフィルが、肩越しに並木を仰ぐ。
「『輝ける未来』――」
「輝ける……未来」
 あたしの隣に並んだゆきちゃんが、薄闇に輝く月桂樹の葉を見上げた。
(ああ、だから多紀さんは……)
 ゆきちゃんも同じことを思ったのか、少し潤んだ瞳であたしを見つめる。
「ここから歩む道は、きっと光に溢れているね。僕も、きみも……」
 あたしは大きく頷いてから榊を見る。
 気づいた榊が、慌てて眼鏡を指で押し上げた。
 ……今、ちょっと泣いてたでしょ?

 ひとは生まれた時から平等なんかじゃない。
 場所や境遇、個人の能力。すべて違うから。
 ゆきちゃんとあたしは、たぶんかなりどん底にいた。
 でも。
 だからこそ。
 差し伸べられた手を握るのに、躊躇はしない。
 だってもし騙されたとしても、どうせなにも持っていないんだ。
 光り輝く月桂樹を見ながら、あたしは榊の手を握る。
 榊もそっと、あたしの手を握り返す。
 一緒に歩いていこう。
 光あふれる、輝かしき未来へ。

・・・(了)


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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