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息子たちはどんな大人になるのだろう

※嘔吐の表現がありますので注意して読んでください

今日、急にある人の笑顔を思い出した。

社会人になって何回目かの夏。まだ20代半ばごろの話だから、もう10年以上前のことになる。
朝の通勤ラッシュど真ん中で身動きできない電車の中。

私の目の前に立っていた大学生くらいの女性が、明らかに具合が悪そうなだった。顔色が悪く、目の焦点が定まっていない。
ついでに言うなら、ほのかにお酒臭い。
二日酔いなのか、どこかでオールでもしたのか(ところで、今でもオールって言い方は存在しているのだろうか?)
ゆるゆるウェーブさせたロングヘアーで、服装もかわいらしい感じではあるが、とりあえず、昨夜はお楽しみだったんですね、という感じがしていた。

「これはもしや、危険なやつでは?」

とは思いつつ、なにしろ身動きの取れない満員電車。
コトが起きてしまったらしょうがない、というあきらめの気持ちを持って、でも微妙に密着はしない程度に身体をそらしていた。

まもなく終点に到着する…という1分前。
案の定というかなんというか、彼女の口から、出てはいけないものが出てきてしまった。

狭い狭い、満員の電車内。
普通なら阿鼻叫喚となってもおかしくないのだけれど、彼女の周りに立っていた人間はどうやら皆、私と同じように不穏な空気を感じ取っていたらしく、わりと落ち着いていたように思う。

私はというと、周囲では唯一の同性だったので、介抱した方がいいだろうと判断し、タオルハンカチを取り出して彼女の口にあてがい、小声で「大丈夫ですか?」と声をかけつつ、ティッシュで彼女の服についた汚れをはらった。
そうしていたら、電車が終点に到着した。

車内の人間が一気に動く気配がした。

これはまずい、と思っていたら、
「空けてください!!具合が悪い人がいます!!」
と大きな声がした。
彼女の目の前に立っていた男性が声を上げてくれたのだ。見ると、彼は吐しゃ物をスーツと靴に少し被弾していた。
私は、まだぐったりとしている彼女を支えつつ、男性が作ってくれた隙間をぬって、電車を降りた。
男性は後ろで「ここの床、気を付けてくださいね!」と引き続き叫んでいた。

電車を降り、彼女に「医務室行きますか?」と聞いたものの首を振られたので、とりあえずトイレに一緒に向かいつつ、自販機で水を2本買って渡した。
汚れてしまったタオルハンカチもそのまま差し上げますと言い、一人でも大丈夫かを確認してから、トイレを出て会社に向かうことにした。

朝からとんだ目にあったな~と思いながらコンコースを歩いていたら、後ろからポンっと肩を叩かれた。
振り向くと、
「大変でしたね!あの子、大丈夫でしたか!?」
と、先ほど声を上げてくれた男性が、それはそれは爽やかな笑顔で立っていた。
「たぶん、もう大丈夫です。そちらこそスーツと靴…」
と言い、足元に視線をやると、スーツの裾はぐっしょりと濡れていた。きっとトイレで汚れを洗ったのだと思った。
彼は、これはまた爽やかな笑顔で
「けっこう濡れちゃいましたねぇ。すぐ乾きますよ!」
と答え、それじゃ、と笑顔で手を振って去っていった。

そんな彼の笑顔を、今日、ふと思い出したのである。

そして「息子たちが大人になったら、あんな笑顔で人を気遣える人になってほしいなあ」と思った。

自分の服を吐しゃ物で汚されながらも、笑顔でいられるということは、人柄がいいのもあると思うが、心の余裕もあるということだ。世の中、ちょっと人とぶつかっただけで舌打ちしたり、突き飛ばしてくるような人もいる(経験談)。

間違っても、そういう人にはなってほしくない。心に余裕がある、優しい人になってほしい。

そう願った夏の午後の話。

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