犯人とトリックと結末のわかった推理小説を、あなたは1から読もうと思うか――マーダーミステリー生配信の是非

推理小説が大好きだ。
推理小説だけではなく、推理ドラマも、推理アニメも、あらゆるミステリ作品が大好きだ。一体誰が犯人なのか。犯人はどうやって犯行を行ったのか。探偵役はどう推理を行い、解決に導くのか。読んだ後の爽快感と、「これはこうだったのか!」という発見、ああもう一度結末を知った上で、最初からこの作品を味わいたい。

しかし、「今やってるあの刑事ドラマ、実は主人公が秘密を隠していて、その秘密が○○で、それがAっていう事件に関連してるんだけど、その事件で××っていうことがわかって最終的に△△なんだよ〜!!」って言ってくる、自称原作ヲタクがいたとする。

いや、静かにせい。わたしゃ、毎週このドラマを楽しみにしておるのじゃ。盛大にネタバレを食らった。見る気失せた。はぁ。

こうなる。あなたのせいで、私は今後の楽しみを失ってしまった……。原作との相違点なんか、もはやどうでもいい。重大な結末を知ってしまったことで、これから感じるはずだった全ての感情を、感じられなくなってしまった。

人気アニメの劇場版や、人気アーティストのコンサートツアーなどにも同じことが言える。どんな物語が紡がれるのか、どんなセットリストなのか。一度に体験できる人数は限られており、作品を体感するタイミングに差が生じる。ファンの間では、ネタバレ自粛のムードができるのが一般的である。

マーダーミステリーとは、「参加者が推理小説や推理ドラマの登場人物になりきり、その場で起きた事件の解決を目指すゲーム」である。多くの場合は参加者の中に犯人がいる。そのため、「この中に犯人がいる(かもしれない)」というドキドキ感と、事件の謎が複雑に絡まり合う体験が楽しめる。

つまり、ネタバレ厳禁なのである。

マーダーミステリーを体験した者の多くが「記憶を消し去ってもう一度」と叫ぶのは、物語の重大な結末と犯人を知ってしまったから。「ああ、犯人あの人でしょ」「ここのトリックはこうで、アリバイはこれ」「証拠はあそこに残っていた」なんてやっていたら、それはただの作業だ。全てを知っている安楽椅子探偵くらいにはなれるかもしれないが、もう二度とあの感情を同じ物語で体験することは叶わない。

某YouTuberグループのマーダーミステリー生配信についての概要はこうだ。

①ライセンス品であるマーダーミステリーパッケージを無許可で全編配信
② 概要欄と冒頭に「配信を見るとこのマーダーミステリーを遊べない」という注意喚起有り
③全編見てしまった人は他の作品を買って遊んでみて欲しいとの説明

最大の問題は①ライセンス品であるマーダーミステリーパッケージを無許可で全編配信したこと。再生回数は100万回を優に超える。

100万人以上のマーダーミステリー体験の機会損失に当たる。

マーダーミステリーの市場規模は、100万人には到底及ばない。まだまだ伸びる価値のあった作品体験が、一気に失われてしまった。
またこの作品は企業がライセンスを持って、パッケージとして販売しているものであり、販売機会損失にも該当する。企業側も「配信はできるだけ控えるよう」「どうしてもということであればご連絡を」とHPで明記している。

※プレイ動画、リプレイ等について
 マーダーミステリーというジャンルの性格上、本シリーズの作品はいったん内容を知ってしまうと以降はプレイを楽しめなくなります。プレイ動画やリプレイ記事の配信やアップロードはできるだけやめていただきますようよろしくお願い申しあげます(ネタバレを含まない紹介については大歓迎です)。
 どうしてもプレイ動画、リプレイ記事等を作りたい方は下記に記載されておりますアドレスまでご連絡くださいませ。
(『Mystery Party in the Box』シリーズ紹介サイトより引用)

② の概要欄と冒頭に「配信を見るとこのマーダーミステリーを遊べない」という注意喚起があったため、構わないのではないか。「プレイ動画はできるだけやめて」という表記のため、禁止には当たらないのではないか。このような意見も見受けられた。

犯人とトリックと結末のわかった推理小説を、あなたは1から読もうと思うか。

マーダーミステリーは、もう二度と遊べないのだ。100万人以上の人が、もう二度と遊べなくなってしまったのだ。
その注意喚起自体は「正しい」ものだ。嘘はなく、何も間違いではない。何も間違いではないのだが、もう一度問う。

犯人とトリックと結末のわかった推理小説を、あなたは1から読もうと思うか。

これに尽きる。前述の通り、作品体験とパッケージ販売の機会損失に該当する。なにより、「どうしてもプレイ動画、リプレイ記事等を作りたい方は下記に記載されておりますアドレスまでご連絡ください」と丁寧に明記しているのだから、まず企業側に相談すべきだったのだ。

そして③全編見てしまった人は他の作品を買って遊んでみて欲しいとの説明だが、これは違う。この作品は、既に100万人以上の体験が失われてしまっている。「この作品はネタバレしちゃったけど、他にも面白い話いっぱいあるから見てみなよ」と言っているのと同じこと。

「その作品」を味わいたかったのだよ、こっちは。再三と言うが、犯人とトリックと結末のわかった推理小説を、あなたは1から読もうと思うか。もはや自分から、「この推理小説の結末は我々が遊んだ結果はこうでした!みんなこの作品はもう結末知っちゃったけど、他にも面白い作品いっぱいあるからそっちで遊んでね、」と言っているようなものだ。さすがに頭を抱える。

しかし、「まだこの作品を遊んでないから、早く遊んで動画見たい!」「動画見れない……誰か一緒に遊んでくれないかな?」「見ちゃったけど遊びたかった!ほかのシナリオで遊んでみたい」という意見も少なからず見受けられた。この一件は、マーダーミステリーを知らない層にアプローチすることに成功している。そして、彼らは間違いなく興味を示してくれている。マーダーミステリー業界はまだまだ狭く、小さいものだ。どうやってこれから世間に広めていこうかと、アーリーアダプター達が必死に頭をめぐらしている。その最中、マーダーミステリーを大きく世に広めた事実は間違いない。この点は大きく評価すべきで、マーダーミステリー業界の端くれである筆者自身も頭が上がらない。サンクス……すげぇよ、ほんと……。

マーダーミステリー業界がまだ狭いと書いた。そのせいもあってか、業界に少しでも身を置いている人は、変化にとても敏感だ。だからこそ、少し声が大きくなってしまっているように思える。彼らのファンの中で、マーダーミステリーを遊ぶことについて、恐れを覚えてしまった人も多いかもしれない。もしかしたら、それが私の一言だったかもしれないと思うと、申し訳ない。

ただし、申し上げる。マーダーミステリーは、楽しい。間違いなく。めっちゃ楽しい。超絶楽しい。見るより体験する方が、圧倒的に楽しい。この体験、してくれ。最高だぞ。

パッケージ品として「クローズドマンション」「死神は白衣をまとう」などが絶賛販売中。今月末にも、「九頭龍館の殺人」「何度だって青い月に火を灯した」が再販を予定している。仲間内でワイワイ遊びたいなら、これらのパッケージ品をおすすめする。
さらに、ボードゲームショップやマーダーミステリー専門店などでは、公演型と呼ばれるシナリオも楽しめる。ショップのオリジナル作品が遊べる場合もあり、パッケージ品より少々お値段は張るものの、物語の世界へ丁寧に参加者を招いてくれる。遊びたいけどそんなに人数は集められないしな、という場合もこちらがおすすめ。
いや、まじここ辺境の地すぎて、そんなんないんですけど……という方向けに、出張ゲームマスターサービスもある。遊ぶ場所と規定の人数が揃うなら、シナリオと進行役が来てくれる。世界観没入したいけど、お店無いしな……という場合にもおすすめ。ゲームマスターさんが主催しているマーダーミステリー会もあるので、Twitterで #マーダーミステリー募集 で検索してみると色々出てくる。最近は「ドクター・テラスの秘密の実験」が個人的に面白かった。

あとこれは宣伝だが、筆者も「渇ききった箱庭で」というマーダーミステリー作品を制作している。ボードゲーム「ギャングスターパラダイス」の世界観を元に、ギャング組織の一員としてボス殺害の犯人を探すマーダーミステリーだ。ある程度マーダーミステリーを経験した方向けの作品なものの、もし気になったら遊んで頂きたい。出張またはこちら側の企画による公演形式のみの作品だ。現在先行体験会を随時実施中である。

マーダーミステリーやってる人はみんな優しいので飛び込んでおいで。ただし、ネタバレは厳禁だよ!!

ちなみにマーダーミステリーの配信やりたいんだけど……っていうYouTuberの方、多分書いてくれる人を探せばいます。書き下ろしてくれます。なんなら、筆者も書きます。ご相談ください。

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