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【なんだかんだ運が良い #3】 小学校で唯一休んだ1日

こんにちは、お元気ですか??
Takです。

翻訳タイムズというアカウント名で、気になる記事の英和訳をしております。
ここでは、「なんだかんだ運が良い」というシリーズ名で、僕Takの自分史を、勝手に振り返っております。


アメリカで生まれたはいいものの、日本に来るまで4年間、
ま〜ぁったく何も思い出せませんでした。

ま、心機一転、日本に帰ってきてからのことを書き始め、
まずは思い出せる人生で1番最初の記憶について👇書きました。

今回から小学校編です。

前回記事はこちら👇

マガジンにもしております👇



僕の小学校は、家から徒歩15分くらいのところにあります。

学校が決めた家から近い学生たちで構成される班で毎朝向かっていましたが、
M君とは違う班で、「なんでー」という気持ちになっていたのを思い出しました。

また子供ながらに、こっちの道じゃなくて、こう行った方がいいじゃんとも思っていましたね。


僕の行っていた小学校は生徒数1000人超えのマンモス校で、ひと学年5-6個クラスがありました。

僕のクラスは5クラスでしたが、次の学年は6クラスで、ひとクラス大体40人ほど生徒がいました。

まあ、その時はなんとも思っていなかったですが、
今周りの友達に聞いてみるとまあ多かったなと思います。

後に、あまりにも子供たちが多くなり、新しく小学校を作り、
今ではその半分という状況です。
それでも平均的な数に落ち着いているのではないかと思います。


僕のクラスの1-3組は、担任の先生が同じ苗字でした。

なので、少しずつ学校生活に慣れだすと、クラスメイトから
「先生、Tak君のお母さん?」
と言われ出しました。

からかっている子半分、本当に純粋に聞いている子半分という感じでしたが、
僕にとっては、あまり良い気がしませんでした。

やはりどうしてもからかわれていると思ってしまったのと、
出来るだけ目立ちたくないと思っていたからでした。

今思うと、プラスのことで目立つならまだしも、
マイナスはもちろん、特になんともない、ニュートラルな状態で目立つのも好きではなかった。
それは今も同じで、この頃からそういう感情があったのだなと思います。


この頃も僕は変わらずM君と遊んでいたと思います。

家から歩いて1分ほどの距離にそこそこの広さがある公園があったので、よくそこで遊んでいました。

公園があるくらいなので、他にも子供たちが集まって、僕は近所の同級生に出会います。
A君とMちゃんです。

今、勝手に幼稚園の卒園アルバムを開いて驚いているのですが、A君とはどうも同じ幼稚園だったようです。
ですが、僕にとっては同じ幼稚園という印象がなく、近くで、特にこの公園で遊んでいたという記憶が強いです。

結構おとなしめではありましたが、芯が強い印象を持っております。

Mちゃんは、男勝りな性格で、M君同様妹が僕の弟と同い年で、こちらも家族ぐるみでの付き合いが始まりました。

女の子の友達というよりは、普通の友達という感じで一緒に公園を走り回っていましたね。


この公園は結構、遊具も豊富で特に好きだったのは砂場でした。

この砂場は、説明が少し難しいのですみませんが、
砂場を覆う鉄の棒で作られた柵のようなものがありました。

長方形の砂場の四方から金属の柵が並んで、上からもまた金属の棒が並び、砂場を囲う小屋のようになっています。

結構な高さで170cmくらいの高さで覆われていたと思います。

んー、うまく説明出来たかな。。


僕はよくこの金属の柵をよじ登るのが好きでした。
その柵には近くにあった木の幹や太い枝たちが絡まっていて、結構簡単に登れました。

そこからジャンプして飛び降りるというまでが一連の流れです。


いやー、今娘がいる身で想像すると恐ろしい…
さすがに心配で気が気じゃないかもしれませんね。

僕の母親はというと、結構その辺の度胸があるというか、
まあ痛い目みなさい、それで学ぶでしょ という感じです。笑

確か数回落ちて怪我をした記憶はありますが、幸いにも大ごとにはならずで安心安心。


ですが、そんな母親も正直慌てたであろう出来事が起きました。

僕は小学校は「準」皆勤賞でした。
どういうことか。

1日だけ休んでいるんです、6年間で。
その唯一がこの小1の時起きました。


家の近所にはそこそこ大きめの川が流れていて、その土手には人が歩けるように道路が作られています。

その道路と川の間は坂道になっていてその坂道にも人が歩けたり、散歩が出来るような道が整備されております。

その当時、自転車を買ってもらい近所を走っていましたが、ついに土手を自転車でデビューだ!ということで母親と弟と3人で、学校帰りに遊んでいました。

整備されている坂道を思いっきり下って、そのまま登るということを繰り返していた時、
今度は整備されていない芝生道を走りたくなりました。

その芝生道も坂になっていますが、同じ要領でやれば大丈夫だろうとタカを括っていたら高を括っていたら、
案の定。。。

芝生道を下から上に登ろうとしたら、自転車が進まず、バランスを崩して落下し、頭から血がドバーッと。。。


この時はさすがの母も慌てたと思います。
そのまますぐ病院に行き、翌日は休みました。

翌々日からは学校復帰しましたが、ガーゼで血を止めてネット包帯で、
学校に行き、またまた目立ってしまい、「嫌だなー、恥ずかしいなー」という思いをしたのを覚えています。


母は密かに僕の小学校皆勤賞を目指していたようですが、小学1年生で出鼻を挫かれました。

ま、でもそんな状況でも学校行け!とは言われず良かったかなと思います。笑


今でもこの土手をよく娘と散歩しますが、自転車乗りたいと言い出したら、
絶対に整備されていない芝生道を登らせようとはしません。

この時、子供ながらに人って空を飛べないんだろうなと強く感じたのを覚えております。
空飛べれば助かったのにと。


はい、そんな感じで、
次は初めての女の子との甘い思い出を。


それでは、皆さん。
ばーい。

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