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好きなことだけしていても成功しない

昨今のメディアにおいて、「好きなことをして生きる、好きなことを仕事にする」という表現が目に付きます。英語だと、"Follow your passion" (情熱のおもむくままに)という言葉がよく使われます。

「好きなことを仕事にする」というのは、なんだか最近の流行みたいな感じですね。言ってる人は、まるでそれが新しい生き方みたいに思っているのかもしれません。

ですが、今はこの類いの言葉があまりにも氾濫していて、むしろ陳腐な定説というか、常套句にすら聞こえます。これについて、最近、興味深い記述があったので紹介します。

アメリカのミニマリスト、ジョシュア・ミルバーンによるものです(個人的には、この人にはちょっと一言あるんですが、それはさておき)。このジョシュア(彼は、同じく米国人ミニマリストとして有名なジョシュア・ベッカーとは別人です)は、友人のライアン・ニコディモスと共にブログも書いています。

ジョシュアとライアンも、2015年に出版された共著「ミニマリズム」という本の中で、ご多分にもれずというか、ひとつの章を「情熱を追い求めること」というテーマに充てています。

しかしながら、それから一年経ったあと、ジョシュアの考え方に少し変化があり、「軽々しく『情熱を追い求めて生きよ』というようなアドバイスは、悲惨な結果しかもたらさないかも知れない」とブログに書いています。

「情熱のおもむくままに」という「たわごと」

ジョシュア にそう思わせたきっかけは、ジョシュア とライアンが昨年(2016年)夏に友人と交わした会話でした。

その友人というのは、カル・ニューポートという研究者です。カルはコンピューターサイエンス学の博士号をもち、アメリカの大学で教えています。

まだ若い(30代半ば)ですが、定説を批判的に検証する眼に優れており、専門分野以外にも造詣が深く、ジョシュア はカルのことを「僕が知る中でも最も頭脳明晰な人物のひとり」と評しています。

カルは、ジョシュア とライアンとの会話の中で、「『情熱のおもむくままに』なんてアドバイスは、たわごとにすぎない」と語ったそうです。

なぜカルがそう考えるかというと、たいていの人は自分がどんな仕事が好きか、何に情熱をもてるかなど、最初はわからない場合がほとんどだからです。

仕事への情熱とは、自分の能力向上のための努力し、時間をかけて自分で培うものだ、とカルは言います。(ここで彼は "cultivate"「開墾する」という単語を使っています)

カルが引用する「情熱」という言葉は、日本語だと「やりがい」という意味に近いかもしれません。仕事でのやりがいとは、「職人のようにみずから切磋琢磨することによって築き上げるものだ」、とカルは言います。

そして、自分のしている仕事が方向性として良いと思えたら「その職業生活を、自分のライフスタイルに合うようさらに形作る」ことによって、職業人として自分なりの成功が得られる、としています。

これは、ハードワークと計画を要する長い過程です。

真の情熱は必ずしも「わくわくすること」ではない

仕事とは、「自分が好きなことに見合った職を見つけて、楽しんでする」、というような、薄っぺらいことではありません。

「じゃあ、なんで『情熱のおもむくままに』とか『わくわくできること、好きなことをしよう』とかいうアドバイスがまかり通ってるんだろう?」というジョシュアの問いに対するカルの答えは簡潔明瞭です。

カルいわく、「そういうアドバイスは(言うのも聞くのも)単純で簡単だから」。

カルの研究によると、仕事における満足度は、「好きだから」というだけでなく、様々な要素が複雑にからみあっており、実際にはもっと微妙な理由の上に成り立っています。好きなことしてればそれでオッケー、というわけではありません。

好きなことを仕事にする、という表現は、自分がやりがいをもてる仕事を見出す長い(そして、時としてつらい)過程をすっ飛ばした、安直な見方にすぎません。全く間違いというわけではないにしても、言葉足らずで浅薄かつ無責任なアドバイスだといえます。

カルは、多くの人は「わくわくすること(excitement)」と真に情熱をかたむけられることを混同している、と言います。ワクワクする、というのは一種の感情であって、感情は一過性のものです。情熱も感情的な場合はすぐに冷めます。好きだと思っていたことでも、仕事になったとたんに嫌になったりすることもあります。

それに対して、仕事に対する真の情熱とは、「その分野の『職人』(craftsman) になるべく長い時間をつぎ込んで、その結果初めて芽生えるものだ」とカルは言います。30代の若い学者がいう言葉とは思えない成熟した意見です。というか、統計分析にもとづいているので、かなり正確に世間の実情を反映していると思います。

残念なことに、多くの人は、単純で耳に心地よい意見だけを聞きたがります。また、いまはネットでも書籍でも、皮相うわ滑りな人生指南があふれています。

新しい年を迎えるにあたって、「自分がいかに仕事に取り組むか」について考えてみるのもいいかもしれません。