D. エリボン『ランスへの帰郷』

C. レヴィ=ストロースとの対談書やM. フーコーの伝記書にて日本でも知られているD. エリボンの自伝をようやく読み終わる。

すでに多くの書評があるように、同性愛者であることと労働者階級出身者であることという、二つの負のアイデンティティをめぐる経験と考察が本書の中心をなしている。ともに既存の社会における負のアイデンティティであるにしても、両者に対して著者がとってきた戦略は対照的なものである。前者についてはそれを引き受けたうえでその解放に尽力していくのに対し、後者についてはその問題を強烈に経験し強い問題認識を持ちつつも、そこから個人的に離脱する戦略を採ることになる。

このような自身の成り行きについて、著者はサルトルのジュネ論を引きながら次のように述べている。次の二つの段落は、個人的にとても印象的な記述だった(『ランスへの帰郷』216頁)。

……サルトルのジュネ論の中の次の言葉は、私にとって決定的だった。「重要なのは、われわれが人びとによってどのように作り上げられているかではなく、人びとによって作り上げられたわれわれから出発して、われわれが自分自身をどのような存在に作り上げるかだ」。この言葉は、空くに私の生き方の原則になった。苦難苦行の原則、自己に対する自己による実践の原則である。
とはいえ、私の人生の過程で、この言葉は二重の意味を持ち、性的な領域と社会的領域では、矛盾した形で価値あるものとなった。前者の場合には、屈辱を受けた私の性的存在をみずから受け入れ、その権利を主張することによって、後者の場合には、私の出自である社会的状態から私を引き離すことによって。一方では、私は自分自身になりきり、他方では、そうなっていたかもしれない私を拒絶するのだ。私にとってこの二つの動きは一体となって進行した。

こうした著者の成り行きは、著者が語るように80年代以降のマルクス主義の退潮と軌を一にしている。かつてはマルクス主義による「検閲」により、ジェンダーやセクシュアリティ、人種等をめぐる問題が二次的なもしくは偽の問題として認識外へと追いやられてきた。この状況のもとにおいてこれらの問題を提起するためには、反対にこのマルクス主義の覇権を消滅させなければならなかった。このように著者は述べている。

もちろんそれを指摘する口調はためらいながらのものである。個々人はそれぞれ問題の複数の結節点に位置づき、したがってそれらを一つの総体として経験することになるだろう(ランスにおける著者の経験のように)。しかしそれらと個人的に戦い、あるいは理論的・政治的に戦う段階になると、この総体は視野から逃れていく。著者の歩みがそうだった。またマルクス主義もそしてその退潮後に現れた闘争も同様だった。

それゆえに著者は自問する。なぜ相異なるさまざまな支配とその問題に取り組むのにあたり、いずれか一つの原則や運動を取り、残りを無視しなければならないのかと。この問いかけは、セクシュアリティをめぐる問題にそれにふさわしい場を与えるべく奮闘してきた政治と理論の場のあり方に対して向けられたものであるが、それと同時に階級的出自から離脱しながらセクシュアリティの問題に取り組んできた自身の生のあり方にも向けられたものである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?