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ベイビー・ブローカー

是枝裕和監督作品、2022年。 『ベイビー・ブローカー』を遅まきながら観てきた。とても気に入ったとまでは言えないけれど、見所はとても多くある良い作品と感じた。 迷いながらも乳児を赤ちゃんポストの手前に置いていく母親。これを見張る刑事はこのポストと人身売買との繋がりを疑っている。そして刑事は、現行犯逮捕を焦るがために、ポスト手前に置かれたままになっていた乳児を、みずから赤ちゃんポストに入れ直す。それをポストの向こうに控えているブローカーが引き受ける……。 映画冒頭のこの時

    • 語り手と主人公と著者:村上春樹『一人称単数』(文藝春秋)

      タイトルの通り一人称単数の代名詞(「僕」や「ぼく」、「私」)を主語にして語られる物語からなる作品集である。 一人称によって語られる物語においてその一人称が何を指しているかについては、いくぶんかの曖昧さがつきものである。 まず、それが物語の語り手のことを指すために用いられることはとくに問題はないだろう。また、物語はこの語り手が自身の経験や行為を語ることで進んでいくのだから、この一人称がそこで語られている対象としての自身のことも指しているということについても大丈夫だろう。しか

      • D. エリボン『ランスへの帰郷』

        C. レヴィ=ストロースとの対談書やM. フーコーの伝記書にて日本でも知られているD. エリボンの自伝をようやく読み終わる。 すでに多くの書評があるように、同性愛者であることと労働者階級出身者であることという、二つの負のアイデンティティをめぐる経験と考察が本書の中心をなしている。ともに既存の社会における負のアイデンティティであるにしても、両者に対して著者がとってきた戦略は対照的なものである。前者についてはそれを引き受けたうえでその解放に尽力していくのに対し、後者についてはそ

        • 『ジョーカー』

          毒のある陰鬱な予告が気になっており、『ジョーカー』を見に近所の映画館へ行った。予想どおり、見るのが辛い作品だった。作品の善し悪しとは別に(悪くはない)、ただただ辛かった。 社会への鬱屈や被害の感情があるきっかけで社会への憎悪と暴力に反転し、それが止まらなくなっていく過程を描いている。この作品を一言で語るとすればこうなるのだろう。ただし、描かれているのが現実なのかそれとも精神障害をもつ主人公の妄想なのか、まったく不明の宙づり状態のままに作品が締めくくられている。なので、何をど

        ベイビー・ブローカー