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もこもこパジャマの件 非力美人男

 リビングでテレビを見ていれば、玄関のドアが開く音が聞こえた。ようやく黒滝が帰ってきたのだろう。……いつもと違い不規則な足音が聞こえてきた。嫌な予感がする。が、自室に戻るにはリビングに向かっているであろう黒滝とすれ違う必要があるため逃げることはできない。諦めてソファに座ったまま待っていれば、
「よ~帰ってきたぞ~」
 案の定、酔っ払いが入ってきた。黒滝はそのままフラフラと歩きながら、ガクの隣にどかっと座る。
「んはは、元気か~?」
「……元気です。とても」
 この状態のこの人を煽ったところで、ダル絡みされることは目に見えている。なので素直に返した。
「じゃあ、僕はもう寝ま――おわっ」
 これ以上絡まれる前にさっさと退散しようと立ち上がった瞬間、腕を掴まれ再びソファに座らせられた。
「まぁ待てって~渡したいもんがあんだよ~」
「何ですか……」
 黒滝がガサゴソと紙袋を漁り、中から包装紙に包まれたものを渡してきた。
「ほら、開けてみ?」
「はあ……」
 受け取り、なるべく破かないように気をつけながら開く。重さ的に服だろうと思っていたが、予想は当たったようだ。ただ……これは……。
「似合うと思って買ったんだよ。気に入ったか? 気に入っただろ? な?」
「……ちょっと黙っていて下さい」
 出てきたものはもこもこした白いパジャマだ。まぁいい。ここまでは。いや、実際は何も良くないが。ただ、うさ耳つきのフードがついてあるという事実の前では、もこもこしているとかもうどうでもいいだろう。
「その、どういうつもりで、買ってきたんです?」
「ん~? だからぁ、似合うと思ったんだって」
「いや、あの…………酔っ払いに聞くだけ無駄か……」
 嫌がらせとかネタとかそういう理由かと思ったのだが、酔っ払っている時点でまともな理由が聞けるとも思えない。
「で、着てくれよそれ。似合うと思って買ったんだからさ~」
「いや、着ませんよ。じゃあ僕も寝るので」
 もうこれ以上巻き込まれてたまるかと思い、立ち上がれば腰あたりに縋り付いてきた。
「頼むよ~着てくれよ~似合うだろ~なぁ? そう思って買ったんだからよ~見せてくれよ~着たところをよ~なぁなぁ?」
「ちょっ、離して……あぁ、この馬鹿力が……」
「着てくれるまで離せねぇからな~」
 ……この酔っ払いめ。力の差を考えれば僕が抜け出すことは不可能なので、僕が折れるしかない。
「……わかりました。着替えますから、離して下さい」
「言ったな? ちゃんと着替えろよ~」
「わかっています」
 ようやく黒滝が離れた。言った手前、着るしかないですね……自分の部屋で着替えるか……。などと考えながらリビングから出ようとすれば腕を掴まれた。
「どこ行く気だぁ? 逃げんのか~?」
「着替えに自分の部屋に行くだけですよ」
「ここでいいだろ~」
「……貴方と違って僕は羞恥心があるので」
「う~ん、でもそのまま自室で寝ちまうかもしれないだろ~? 着たところみたいのによぉ」
 着替えると見せかけて部屋に籠もることもまぁいい案だとは思うが、そんなことをしたらこの男はドアを蹴破って入ってくる可能性が高い。
「……戻ってくるのが遅いと思ったら僕の部屋に入ってきていいですよ。これで満足ですか?」
「お~わかったぁ」
 その言葉と同時に黒滝から腕が解放された。そそくさとリビングを出て、自室に入る。
 のんびり着替えていたら遅い!と言って入ってくる可能性があるため、服を急いで脱ぎ、忌々しいもこもこパジャマを着た。部屋にある全身鏡で一応見た目を確認すれば、なかなかにきつい。26の男がこの格好とは……なかなか……なかなか、ですね。嘆いても仕方ないので、とりあえずリビングに向かう。見せてさっさと脱ぎましょう。
「おぉ! 似合うじゃねぇか!」
 リビングに入って黒滝に声をかければ、肩を掴まれながらそう言われた。驚くほど嬉しくない。
「そうですか。もう気は済みましたか?」
「ん~あぁ……あ! お前今日からそれ着て寝ろよ」
「は?」
 この人は一体何を言っているんだ?
「お前が着てる寝間着、なんかだいぶくたびれてるしいいだろ~? な?」
「いや、嫌ですけど」
「なんでだよ」
「僕もう26なんで……」
「? そうだな」
「……僕の言いたいことを理解できていませんね」
「まぁ、いいだろ~? 似合ってんだからさ! 頼むよぉ」
「ちょっと……揺さぶらないで……」
 このままでは僕が首を縦に振るまで揺さぶり続けそうだ。このクソ酔っ払いめ……僕が折れるしかないじゃないか……。
「わかりました。着ます。今後も着ますから……」
「本当だな?」
 ようやく揺さぶり攻撃が終わった。本当にいい加減にしてほしい。
「本当です。もういいですか? 僕眠いので」
 微塵も眠くないがこれ以上酷くなることは避けたいので、無難にこの場から逃げる選択肢を選んだ。
「お~そうなのかぁ? おやすみ」
 黒滝が肩から手を離し、わしゃわしゃとガクの頭を撫でてきた。なんなんだこの男は……と思いながら、黒滝の腕を払いのける。若干悲しそうな顔をされたが、気にしたら負けだ。さっさとリビングから出て行く。
 とりあえず、明日起きたら色々言いましょうかね……。

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