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July.8 非力美人男

 久しぶりに彼らの組の内情でも探りましょうかねと思い、外に出たのが間違いだった。暑い。茹で上がって死ぬのではないかと思うほど暑い。扇子で扇いでみても、熱風が来るだけで涼しくもなんともない。むしろ余計暑い。スマホで気温を確認すれば37℃と表示された。体温より暑いじゃないですか……。
 何の収穫もなしに帰るのは癪だと思いながら歩いていた。が、もういい。これ以上意地を張っても、待つのは死だ。帰ろうと思い踵を返せば、
「お前、なんでこんなクソ暑い日に外にいるんだ?」
 よく見知った男、黒滝が立っていた。
「散歩です」
 貴方たちの組の内情を探りに出てきました、とはさすがに言えず無難に答える。
「どう考えても散歩に適してないだろ今日は……あぁお前、家出る前に天気予報とか見ないタイプだもんな」
「別にどうだっていいでしょう? 僕もう帰るので」
「待て、送ってく」
 こんな暑い中、いつものようにからかう気なんて起きず、とっとと会話を切り上げて歩き出せば黒滝も着いてきた。
「は? 貴方仕事は?」
「急ぎじゃねぇしな。お前が帰り道で倒れた方が大変だ。飲み物とかちゃんと持って外出たんだろうな? あと塩分も取ったか?」
「……貴方は僕の親か何かですか?」
「保護者みたいなもんではあるだろ」
「は? ついに暑さで頭もやられましたか」
 26の男に向って31の男が何言ってんですかね。人の世話を焼きすぎてついに子供もいないのに父性が目覚めたんですかね。などと続けて言おうとしたが、そこまでの気力はさすがに起きなかった。帰ってはいるものの暑いことには変わらないので。
 その後もいつもより抑えめでやり取りをしていれば、
「おや、黒滝さんじゃないですか」
 見知らぬ男が黒滝に近寄ってきた。黒滝はその男に合わせて立ち止まる。まぁ僕には関係ないですし……とそのまま帰ろうとすれば「ちょっと待ってろ」と腕を捕まれた。力の関係で振りほどくことはできないので早く帰らせてくださいという視線を黒滝に向ける。が、無視して近寄ってきた男と話し始めた。
「おう、イヴァン。煌河はどうした」
「別行動です。暑いので早く終わらせるために手分けしようという話になりました。今日の仕事はそんな大変じゃないので」
 黒滝ほどではないがこのイヴァンという男もそこそこ大きいな……顔つき的にハーフか。などと思いつつ見ていれば、目が合ってしまった。なぜかにっこりと微笑まれる。
「で、こちらの方は」
「あー、えー、なんていうかそうだな」
 なぜか黒滝の受け答えの歯切れが悪い。僕が名乗った方がいいんですかね。
「一昨日聞いたことと昨日の短冊関連。で、合ってます?」
 名乗る前にイヴァンがよくわからないことを言い出した。
「あぁ、まぁそんな感じだ」
「そうですかそうですか」
 黒滝はどうやら発言の意図を理解しているようだし、イヴァンは黒滝の返答を聞いてなぜか意味ありげに微笑んでいる。
「じゃあ、邪魔者は消えましょうか。仕事もありますし、それでは」
「おい待て。なんか勘違いしてんぞお前――行っちまったか」
「一体何の話をしていたんですか」
 何も理解できないままイヴァンは去ってしまった。事情を知っているであろう黒滝に聞くが、
「ま、帰るか」
「ちょっと?」
 答えてくれなかった。挙げ句、腕を離さずに歩き出したせいでそのまま引っ張られる。
「離してくれませんか。歩きにくいです」
「お前がさっきの話について今後何も聞かなければ離してやるよ」
「そんなこと言われたら余計気に――おわ、ちょっと?! 速いです。歩くの速いです転けます」
「転けてもそのまま歩くからな」
 さっきの話題について、どれだけ僕に触れて欲しくないんだこの人。
「わかりました。条件を呑みます。だから離してください」
 ガクがそう言えば、黒滝は徐々に歩くスピードを落としてから腕を放した。引っ張られていた部分が若干赤くなっている。
「聞くなよ?」
「しつこいですね。僕は約束を守る男ですよ」
 まぁ、忘れた頃に探りでも入れて答えて貰いましょうかね。などと思いつつ、その後は比較的平和に家までの道を二人で歩いた。

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