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July.2 怪力美人男

「お前、傘はどうした」
「あぁ忘れました」
 シノギを終えて外に出たらザアザアと雨が降っていた。朝は降っていなかった。が、この時期ならいつ降ってもおかしくないというのは分かりきったことでもある。
「天気予報見てねぇのか?」
 ビニール傘を差しながら煌河がこちらに問いかけてくる。
 天気予報は見てはいる。けれどちゃんと質問に答えてあげる義理はない。
「貴方はその見た目でちゃんと天気予報をチェックするんですねぇ」
「うるせーな。というか梅雨なんだから見てなくても持ってくんだろ普通」
「貴方に普通を語られるのは癪ですねぇ」
「本当に口が減らねぇ野郎だな!」
 明らかに不機嫌になった煌河は、傘がなく軒下から動けないイヴァンを置いて「濡れて帰りやがれ!」と吐き捨てさっさと歩いて行ってしまった。
 ……傘を持ってくるべきだった、ということは分かっていた。だが、片手が塞がるのはどうにも好きになれない。嫌でもいつもより、この力を制御することに意識を向ける必要があるから。だから持ってこなかった。そんなことをバカ正直に伝えれば、いろいろと言われるだろう。それが嫌で、忘れたことにしたけれど。
 仮にあの場で濡れて帰ろうとすれば、口は悪いが、お優しい彼のことだ。「仕方ねぇから入れてやる」とでも言うだろう。必要以上に彼の善意に甘えたくない。だからいつものように、からかった。そうすれば腹を立てて先に帰ると思ったのだ。結果は予想通り。後は彼と別ルートで走って帰ればいいだけ。
 意を決して雨の中を走ろうとしたら、前から見知った姿が寄ってきた。もとい戻ってきた。
「……何しに来たんです? 貴方、帰ったはずでしょう」
「近くのコンビニで傘買ってきてやったんだ感謝しやがれ」
 煌河は傘を差している左手とは逆の手で、ビニール傘を差しだしてくる。
「濡れて帰れと仰っていたじゃありませんか」
「うるせー。風邪引かれた方が面倒なんだよ。早く受け取れ、帰んぞ」
 傘を差すのは好きじゃないと言ったら、わざわざ買ってきてくれたこの人はどんな顔をするんでしょうね。そんな意地悪なことを思ったが口には出さず、
「もう少し良い傘はなかったんですか?」
 イヴァンは傘を受け取る。
「買ってきたくせに文句が多いんだよ! やっぱ返せ」
「嫌です。この傘はもう僕のものです」
 傘を取り上げようとする煌河から身を翻し、傘を差して歩き出す。
 間違っても壊さぬように。いつもより力の加減に集中する。これは必要以上に彼の善意に甘える形になった罰なのだ。そう思おう。間違っても喜んではいけない。僕にその資格はないのだから。

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