見出し画像

世界一豪華な刑務所にみる性悪説

NHKオンデマンドで、BS世界のドキュメンタリー番組「世界一豪華な刑務所の内側(The World‘s Most Luxurious Prison/イギリス 2020年)」を見ました。

バス、トイレ付きの個室、板金や溶接の技術を学び自動車整備士の資格が取れる職業訓練プログラム、恋人とセックスができる小部屋、家族と時間を過ごすことができる宿泊施設、最先端の設備を備えた歯科クリニック、自作の音楽を収録できる音楽スタジオ、ラジオ番組の収録、21日間の宗教プログラム。

このような設備とサービスからどのような施設を思い浮かべるでしょうか。ノルウェーには、世界一豪華な刑務所と言われるホルデン刑務所があります。凶悪犯が服役し、服役者には、強盗、殺人、性犯罪、誘拐、麻薬密売など凶悪な犯罪を犯したものたちが200名ほど収容されています。この刑務所の施設、設備、服役者に対する刑務官の対応方法、刑務所のあり方の考え方が大変興味深く感じたので、感想文を書いてみます。

人の心の力を信じる人間観

今までの刑務所のイメージを覆すような数々の設備と施策は非常に興味深いです。根底には、荀子の説く性悪説を前提にした「人の心の力を信じる」という人間観が流れているように感じられました。

シャワー、冷蔵庫、テレビ完備の個室

服役者が暮らす個室には、鉄格子はなく、シャワー、冷蔵庫、テレビが完備されています。清潔感のある部屋は、日本の小型ビジネスホテルよりも設備は整っているように見え快適に暮らせる印象です。小汚い部屋に何もなく、共同トイレに共同シャワーのような刑務所のイメージはどこにもありません。冒頭で、リゾートのようだとナレーションがありました。

恋人との面会ではセックスもできる

家族や恋人と面会をすることも可能で、面会用の部屋には監視窓は付いておらず、プライベートが確保され、ベッド、コンドームが用意されセックスもできるようになっています。麻薬の受け渡しや外の犯罪に関わる情報などを受け渡しできるリスクについては、起こることはないと想定しています。服役者を受刑者として扱うのではなく、人として扱い信用している様子が伺えます。ちなみに使用後の部屋は受刑者自らが掃除するとのことでした。そりゃそうですよね。

家族と過ごせる宿泊施設

子供や家族と時間を過ごすことができる宿泊施設があり、1日もしくは2日泊まれるようになっています。この宿泊施設を利用するには、使用前にテストを受け、監視官との間に信頼関係がある者のみが使用を許されるようになっています。服役者が服役中に10年も子供に合わない間に、親子の絆が断絶してしまうのを防ぐための措置と説明されていました。犯罪者として生きる本人がどのように子供と接するか、犯罪者の子供として子供はどう生きていくのか。簡単ではない問題が孕んでいるように感じられます。

充実の職業訓練

服役者は服役中に職業訓練を受けることができ、板金や溶接の技術を学び自動車整備士の資格を取得することができます。服役後に自立できるために手に職をつけることで、社会復帰をサポートしています。番組では車好きの受刑者が取材で、出所後には車関係の仕事につきたいとコメントしていました。ただ反省するだけでなく、現実的に手に職をつけられることは出所後の社会復帰への道筋となるように感じられます。

刑務所でラップ

服役者がアートを通じて自己表現できる場として、音楽スタジオがあり、自作の音楽をレコーディングしたりミュージシャンと交流を図ることができます。番組では服役者がラップミュージックを気持ち良さそうに歌っている姿が映し出されました。歌詞には自分の現在の心境が綴ら、自らを省みる機会となっている様子が伺えました。孟子の性悪説でも音楽を善に導くプロセスとして考えていることからも、この取り組みとの共通点が見出せて興味深いです。

服役者がラジオ出演

月1回、刑務所を取材し服役者が出演するラジオ番組があります。服役者は、番組内で内情を告白し、市民は服役者の声を聞きます。ノルウェーには、終身刑、死刑がないため、服役者は必ず社会に戻ります。「隣人に犯罪者がいれば、不安に感じる人が多くいるでしょう。受刑者がどのような人間でどのようなことを考えているのかを知る機会をつくることが、彼らの社会復帰を助けることにつながる」と番組プロデューサーは話していました。

最も凶悪な男の更生

薬物依存者には、薬物依存の更生プログラムが提供され、番組内ではノルウェーで最も凶悪で危険とされる人物が紹介されました。彼が薬物依存から回復し、回復への道のりをサポートしてくれた刑務所長とノルウェー国家に感謝し、自分の更生のために投入された税金は、出所後に返していきたいと述べていました。彼の出所後の人生がどうなっていくのか興味深いです。

本来の性悪説

世間では、性悪説は、人間には根源的な絶対悪が内在するという意味合いで取られ、誤解されがちです。本来、荀子が説いた性悪説は、人は努力すれば善なる存在になれるという意味です。本来の性悪説は、人は悪であり、善ではないという二元論的な意味ではありません。人間は、そのままでは欲望や情念によって悪い方向に行ってしまうけれども、学問、礼儀、音楽で感化し、矯正すれば人は善なる存在になれるということです。大切なのは、その教化の手段とプロセスにあります。ちなみに孟子の説く性善説は、人はおのずから仁義礼智の道徳的境地に到達できるという考え方です。

服役者に敬意を払う

刑務所にもかかわらず、充実した設備や支援があるのは、服役者の更生に焦点を当てて物事が考えられているからです。刑務所の役割は、服役者を監視することではなく、服役者に敬意を払い更生するために社会復帰のための人道的なサポートをすることであるという考え方が徹底されています。この考え方の根底には、服役者も人間であり、人間には善なる存在になる心があるという、人間観があるように感じられます。これはまさに荀子が説くところの性悪説の考え方と言えるでしょう。

自らの心と向き合う瞑想

精神的サポートとして服役生活を中断して参加できる21日間の宗教プログラムが提供されています。仲間とともにキャンドルを囲んで瞑想をします。自分の心に語りかけ自分自身と向き合い、犯した罪について考え、自分の存在価値や人生の目標を見直す時間となります。一般の人でさえ、自分自身と向き合う時間を取る人は多くないことから、おそらく、受刑者の中には今まで自分自身と向き合うことは少なかったことは容易に想像できます。自らの人生を見直す機会となり、更生するための有効なアプローチと感じられます。

再犯率25%

罰や苦しみを与えることで、人は更生していくかと言えば、刑務所内で服役者に厳しい対応を迫るイギリスの再犯率が7割であることを見れば、そうではないように感じられます。80年代のノルウェーではイギリス同様に再犯率が7割〜8割でした。ところがこの刑務所の服役者の出所後の再犯率は、現在では25%まで低下していることからも、このような対応方法が受刑者の更生を促す道になっているように感じられます。

終身刑と死刑がないノルウェー

このような施設を建設した背景には、ノルウェーには終身刑と死刑がなく、市民が出所後には犯罪履歴のある人と共に社会生活をしていく必要があることが挙げられるでしょう。そのためにどうしたら良いかを検討した結果、服役者が更生していけるような設備とサポート、人道的支援が必要であるという仮説のもとに施策が実行されたのでしょう。

設備か人道的支援か

ホルデン刑務所の建設、維持には、巨額の税金が投入されています。そのため、このような刑務所はノルウェーでもまだホルデン刑務所だけです。受刑者ファーストで、豪華な設備に税金を投じることが、国益を損ねるようであれば、現実的な施策とはなり得ません。ただ、ホルデン刑務所の再犯率が少ないことからも刑務所のあり方を見直す1つのきっかけにはなるように感じられます。設備がなくとも受刑者の心に寄り添った人道的支援があれば更生に導けるということであれば、尚更、今までの考え方を改める機会となりえるでしょう。そのような検証結果が近い将来示されることを期待したいものです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?