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#002 第一章 ブンブン

#カルト #統一協会 #入信 #脱会 #体験手記  #やま
#山下ユキヒサ

ボクの20代の数年間はカルトの記憶でした。

「カルトの記憶」は、

ボクの統一協会入信から脱会までの体験手記です。

ボクはここで生きる意味を知り、

仲間たちと共に活動に明け暮れました。

そこには、説明の要らないような青春のきらめきも確かにありました。

そして、僕たちは落ちても落ちたことに気づかない、

マインド・コントロールという「落とし穴」に、はまり込んでいたのです。


カルトの記憶/目次

プロローグ


★ 第一章 ブンブン

第二章 アジト

第三章 学生たち

第四章 チャーチの人々

第五章 三軒茶屋

第六章 特急ロマンスカー

第七章 出口

エピローグ

主要参考文献

                   

カルトの記憶

【第一章 ブンブン】


七九年。

この年の夏がひらきはじめていた。

季節を動かすほどの大きな力が、夏の扉をまた少しだけひらくと、そこから差し込む光がじりじりと人々を焦がしていた。

そしてその日。

それはつまり七月初旬のある日のこと。

三月からはじまった東京暮らしは、あれよあれよという間に四ヶ月がすぎていた。小田急電鉄の上りが終点の新宿駅のホームにすべり込んでいく。さっきまで目を通していた『ぴあ』をバッグに押し込こむと電車を降りた。

あーあ。気落ちした思いは小さなため息となって、ホームをころころと転がり線路に落ちた。自分で自分をなだめながら改札口へ向かう。

今日新宿に出たのは映画を観るためだった。

上映時刻から一時間を切っていたがまだ家でぐずぐずしていた。ばたばたとアパートを飛びだす。最寄りの千歳船橋駅までは徒歩十分。バッグをかかえてがんがん走った。

駅が近づくと踏み切りの警報音が鳴り始める。ここで足止めなどごめんだ。息はとうに上がっていたが素早く息継ぎをするとさらにスピードを上げた。ギロチンの刃のように迫ってくる遮断機のバーをギリギリでかわす。

よっしゃ。

走りながらジーンズの尻ポケットに指を差し入れた。つまみ出した定期券をこれみよがしに駅員に見せつける。この時代にはまだ自動改札機は導入されていない。

有人だ。「すみませんお客さん」なんて呼び止められたくなかった。改札を走り抜けると、発車寸前の電車にきわどい駆け込み乗車。次の瞬間、そのお返しとばかり尻にかみつくようにドアが閉った。

ふー、間に合った。

キーンと冷えた車内に飛び込むと、小学生のときの夏のプールを思い出した。とろけそうな脳みそがしゃんとし、汗がすーと引いていく。座席に身を預けると早速バックから『ぴあ』を取り出した。折り目をつけておいた映画案内のページを開き、上映時刻をあらためて見直す。

うんっ? 

小さな数字に眼を凝らすと視線が固まった。観ようと思っていた回のその時刻を、昨晩どうやら見間違えたまま覚えこんでしまっていたらしい。

ナンテコッタ。上映までにはこの時点でまだ一時間半以上もあったのだ。なにもあんなに息を切らせて走ることはなかった。電車の中で気落ちしていた理由とはこんな他愛のないものだった。

さて、どうする?この時間のすき間をどう埋めるか。電車を降りてもまとまらない考えはその足取りにまで伝染していた。

外に出てみるか?
不意にそんな思いが脳裏をかすめた。急に行き先を取り上げられたような気分になり、投げやりなっていたのかもしれない。しかしそれはバカげた話しにちがいなかった。

行く当てもないまま何も好き好んでこの炎天下に飛び込むこともないだろう。それでなくてもあと小一時間もすれば、映画館の闇に紛れて至福の時に浸れるというのに。

何なら今から映画館に向かったっていい。涼しげなロビーで、読みかけの文庫本に目を落とせばいいのだ。

だが、気まぐれな思いに急かされるように、圧縮ガラスの重い扉を押し開いていた。たちまちねっとりとした熱風に全身をつつまれた。

体中の毛穴という毛穴が大口を開け騒ぎ始める。冷房の効いた車内から降り、快適な温度に調節された駅ビルの中についさっきまでいた。

そんな室温に慣れきった躰が外気との温度差にうめいた。人間の知覚にあるコントラストの原理が、この炎天下の不快指数を一気に押し上げていた。

頭がくらくらする。

頭上では勝ち誇ったかのように太陽が照りつけている。

不意に、イソップの『北風と太陽』の物語が頭に浮かんだ。

もしかするとあの物語の真実、あれはみんなが知っているものとはちょっとちがう話なのかもしれない。ひょっとすると太陽は短気で狡猾(こうかつ)だったのかもしれない。北風の目を盗み、ひそかに強烈な光線を旅人に向けたんじゃないか。

あわれな旅人は北風と太陽の気まぐれなゲームにほんろうされる。

うんッ?…。なにか焦げた匂いがする。匂いのもとをたどっているうちに、背中にもやもやとしたかゆみを感じる。すぐにそれはじんわりとした痛みに変わり、次の瞬間それは熱さなのだと気が付く。

背中が熱い。それからあっと思う間もなくあかい炎が肩越しに踊った。旅人は自分自身が燃えているのだとわかると、慌てふためく。

着衣着火した男は羽織っていた外套を引きちぎった。すっかり動転した男は悲鳴をあげながら走り出す。皮膚を焼く痛みは逃げても逃げても後から後から追いかけてくる。

走り転げながら男はとうとう着ていた服をすべて脱ぎ捨てていた。そして男は近くの湖にとびこんだ。

これで〈太陽〉は〈北風〉に勝った。これがあの話の真実なのかも。そうなれば当然、物語の教訓も違ったものになっただろう。

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