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人生を変える、ひとことが欲しい


「離婚して」


結婚して3年。
なんとなく違和感を抱きながら、夫婦生活を営んできたけれども。
相手に何を言われたのかさっぱりわからなかった。


彼とは19歳の時に出会った。
7歳年上。
同じ合唱団の立ち上げメンバーに彼はいた。
ちょろちょろとやりとりをして、
彼は私に惹かれていった。
そんな自覚は私にはなかった。
良くしてくれる人くらいのイメージだった。
それでも、彼からの連絡は止まらなかった。

結果、同棲していた当時の彼女と別れた彼と付き合うことになった。

周りから見たら、吐き気がするくらいのバカップルだったと思う。
2人ともお互いにべったりだった。
好意は惜しみなく伝えていた。

それと同時に、私は彼のワガママをたくさん聞いていた。
どんなに些細なことでも、彼のが望むのならば叶えていった。

そして、20歳の誕生日。
私は彼からプロポーズされた。

彼の手術には結婚前にも関わらず常に待機していた。
結婚式ではお姫様抱っこをしてくれた。
2人で家のローンを組んで新築も建てた。

そんな彼に離婚を突きつけられた。


なんとなく態度がよそよそしいことも
会話が減ったことも
目が合う回数が減ったことも
気づいていた。
だけど、別れるとかは考えていなかった。

家事のレベルが低いとか
気持ちがなくなったとか
離れたいとか
彼はあれやこれを私に言ってきた。

もう、気持ちは戻らないから。

何よりムカついたことは
別れる前から他の女性を匂わせてきたことだ。
他の女性と演奏会に行くために練習を抜け出し、
他の女性とイベントに行くために旅程を立てる。

後々聞いてみれば、それは周りへの不興も買っていたらしい。
ざまぁ、と思うのは仕方ない。

何より、成長のない人間は同じことを繰り返す。

結局、私は彼にとって「利用価値の高い人間」で「何でも言うこと聞いてくれるお人形さん」でしかなく、その価値がなくなったからポイ捨てされた、に過ぎないのである。


……とはいえ、簡単に「はい、分かりました」などとは言えない。
何年、一緒に生きてきたと思っているのだ。
うんうんと唸る日々がすぎた。

いつの間にか食事量が減った。
いつの間にか体重も減った。
まさかの離婚ダイエットである。
それは最終的に-13kgに及んだ。

これはもう自分には抱え込むことはできない。
そう判断して、縋った。
元彼に。

いや、なんでだよ!と今では思うが
当時、私のことをよく知っていて、何でも話せるのは彼しかいなかった。
私の醜いところも暗いところもすべて。
なんなら、母公認の彼氏で母はきっとこの元彼と結婚するだろうと思っていたくらいだ。

「そんなくだらん理由で離婚するの?」
話を聞いた途端、これである。
それな……としか言えない。

「旦那氏に寄り添うよう頑張るの?」

言われた通りに頑張るしかないよな~って。
やっぱり、離婚したくないし。

「そうかぁ」

極端に視野が狭かった。
この人と一緒に生きるべきなんだ、という思いでいっぱいだった。

「これは幸せ論だけど、
①自分が幸せでないと人を幸せにできない(一般論)
②自分が幸せになるのはいつですか?まずは人を幸せにしませんか(出口・順番論)
とかあるよね。
んで、仏法だとこれが
自分も他人も幸せにしましょうとなる。」

うんうん

「未来の果を欲せば、現在の因をみよ、と仏法だと説くから大切なのは今。
ゆづが『今変わろう』と決意したこの時からもう変わり始めてると思うよ。」

でも、変わるのって難しいよね。
できるできないじゃなくて。

「そうね。色々やっていく内に、『こんなに頑張っているのに』という思いに駈られることもあるでしょう。むしろそんな思いの方が多いかもしれない。」

めっちゃある。
なんなら、今でも。
こんなに頑張ってるのに、あいつは……。
ほんと比べたがり。

「で仏法で忘れてはいけないのは、どんな人でも、自分の中に素晴らしい仏性があるということ。
仏性、仏の心、生命力、命の輝き、言い方は色々できるけど、そういう素敵パワーがみんなには元々備わっているということ。」

「そして、全てのことに意味があるとも説いているので、そう言う苦しいこと、嫌なこと、壁にぶつかることもみんな意味がある。成長の糧にできる。
それすらも楽しめる境涯、命のあり方に成っていこうてのが、根本かな。」

……ちょっと難しいよう。

元彼は、どこまでも宗教に詳しかった。
禅なのかもしれなかった。
私には、そのあたりの素養が全くなかったので新鮮だった。

「そうですな。
んで、個人的には「言われた通り」「旦那の理想的な」を目指すよりかは、ゆづがゆづらしくなれることが大切だと思うのね。
まぁ自分らしくってなんだてなるかもしれないけど(笑)
とりあえず、目下の目標が家事なのであれば、明確に目にわかる形で目標を設定してみたら良いんじゃないかな。
旦那の機嫌はとりあえず、自分で取ってもらって(笑)自分はまず着々と成長すれば、よいのではないかと。
あと、楽しくやりな?」

楽しく……。
楽しいってなんだっけ。
随分と笑っていない気がするよ。
それに、きっと今の生活を手放すことが怖いんだと思う。

「バカダナー、手放すの怖いなんて当たり前じゃん」

「相手のためーとか他人のためーとか普段からやってんだから自分の好きなようにすりゃええやん。」

そっかぁ……。

きっと、私は自己犠牲の人間だったのだ。
自分よりも周りを優先するような。
それ故に、相手の顔色を伺い、自分で意思決定できなくなったのだ。

「変わる気あるのはゆづにしかわからん。旦那氏のとやかくいうことではない。
勝手に変われば良いというなら変わってやれば良い。今に見てろよと強かで良い。
旦那氏が追い詰められているかは知らん。旦那氏の問題だ。寄り添うことができても、解決するのは旦那氏だ。
変わるチャンスはすでに今。
待ってもらえるかどうかは、あまり問題ではない。離れても元サヤもあるかもしれないし、ないかもしれない。旦那氏に相手が出来ているかもしれないし、ゆづに見つかるかもしれない。」

私が私のために何かをするしかない……

わかっていた。
自分で決断しないといけないことは。

わかっていても、うだうだとしてしまった。
それは誰かに背中を押して欲しかったから。
安心感が欲しかったから。
大丈夫だよと言って欲しかったから。
間違ってないよと言って欲しかったから。
その言葉を誰かから引き出そうと四苦八苦してしまう。
そんな自分が情けなかった。
そんな自分を変えたかった。


離婚話から2ヶ月。
ようやく私の中での結論がでた。

「気に入られたくて合わせて疲れるのも、自分を見失うのもやめよって思った」

もっと、自分を尊重しよう。

「このままズルズルしても、一緒に幸せになれるのかなって思ってしまった
旦那に離婚しようかなって言葉を送った時、心が軽くなった気がして
それってわたしの中で答えがとっくにでてたってことなのかなと」

怖がらずに自分の意見を言おう。


「離婚します」


こうして、私と旦那の結婚生活は約2年で幕を下ろしたのである。



私自身、離婚したことに悔いはないし
相手のことを嫌いだと思うこともない。
きっと、私に自由に生きていいよと教えてくれる存在だったのだとは思う。

早々に一人暮らしを始めた。
前よりも明るくなった!と言われることも多く
良い変化が多かった。

新しくいろんな人に出会ったり
新しい合唱団に所属して運営を任されたり
こうやってnoteも書き始めた。

誰かに背中を押して欲しくなる。
それ自体は間違ってない。

でも、やっぱり最後は
自分で決めるしかない。

自分の行く道を自分で決める。
それは簡単なことではないけれど
行く先には楽しさと希望が溢れている。


さて、今日は何をやろうかな!

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