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養魚秘録『海を拓く安戸池』(34)~餌料~

野網 和三郎 著

〈注意事項〉
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(34)~餌料~

 安戸池養魚の餌料の移りかわりが、そのまま現在のハマチ餌料の歴史となっている。昭和七、八年頃までは、マイワシ(ヒラゴイワシ)の生産が、現在のカタクチイワシの生産よりも多く、また飼料としても栄養価も高く、大謀網にも巾着網にも多獲されていた。これを主として、小アジなどと併用していたのであるが九、十月ともなれば、内海からヒラゴイワシは外洋へ去ってしまうので、その後は仙台、釜塩を基地としての近海では巾着網で多獲されていた。これを、貨車輸送によって賄ってきたが、年とともに次第にその生産は減少し、現在にては各地とも、その生産は皆無の状態となっている。原因が果たしてどんな理由によるものかは、ようとして学界でもまだその原因がどこにあるかつかめていない状況であるが、いずれにしても餌料としては最適のものだっただけに、打撃は大きかった。

  それにかわる、カタクチイワシは、煮干用の生産にやっと、といったもので、価格は高く逆に栄養価は低いということで、安いハマチ養魚の餌料としては不向きのもので、ヒラゴイワシにかわる餌料の探索は、あらゆる魚種に及び、安価で手にはいるものは手当たり次第試み、その結果、底曳網にて獲れるイシモチ交りの雑魚に始まり、ぐずし屋の内臓、サナギまでも試みたのであるが、どれをとっても、その代替餌料としては、安定性をもたらすに至らなかった。

養魚場に運ばれるれ冷凍イカナゴ

  その結果、稚魚放流期までに漁獲されるものを物色中、イカナゴに思いあたり、その漁獲の実体を調査したところ、シラス時代の釜揚向きの頃は、価格も高く餌料としては不向きであるが、その期を過ぎると脂肪がのり過ぎて、食用にはあるていどの数量しか向かず、ために早々に漁期をきり揚げ、他の漁業にふり換えていることを知り、この見過ごしている、イカナゴが奈辺のものか、業者に依頼して操業して貰ったところ、かなりの数量が生産され、これを冷蔵し貯蔵することによって、餌料確保は至難ではないと踏み切ったのである。香川県では当時生産されている海域は、庵治近辺のバッシャ網が操業、少量ではあるが津田の扱い業者に依頼入手、冷蔵しこれに当てていたが、一方神戸、大阪魚市場に入荷する売れ残りの、イワシ、小アジ、その他格安のものを物色して、ハマチおよび大謀網の漁獲物出荷のため、毎日のように京阪神にむけ運搬船が航海していたので、帰り便にそれを積み帰り補助餌料として、戦前及び戦時中はどうにか賄なうことが出来ていた。戦後二十六年養魚再開となった頃には、イワシ巾着網の統数は、戦前の数倍に増え、石油集魚灯が蓄電池、電球光源のキロワットも強力なものとなって、カタクチイワシの生産は著しく伸び、煮干製品需要の量を遙かにりょう駕する生産過剰の状態が現出し、ために餌料用として、廻されるイワシは年を追って増大してくる。イカナゴ生産も、内海一円に増統がみられ、明石の如きは肥料用に廻す状況となって、一貫目八円から十円の線におち込む生産増で、漁期半ばにして操業をうち切らねばならない程で、これも餌料としては、最良のものとなり、こうなってくると、栄養価も高く、安値で量産されることから、ハマチ養魚の餌料は、このイカナゴを少しでも多くの数量を冷蔵することだと決定を下し、なお不足分については十月、十一月以降のものに、ビリ秋刀魚を仕上げ用餌料とした、計画生産の骨組みが成り立ち、今日に及んでいる。昭和三十年頃を初期として、ハマチが貴当り千円という大台の相場となるにつれ、それまでは日和見的だった業者も、内海各地に養魚を始めだし、西日本一帯に漸く養魚熱が高まりを見せてきたのである。それに刺激された明石では、イカナゴ業者が夜間砂にもぐって寝ているイカナゴを狙い、イカナゴ底曳網に切り換えて一躍生産が倍加されると、それが次第に内海全域に拡がりを見せ、現在に至っては、その生産量は、夥だしいものとなり、時ならぬイカナゴ旋風を巻き起こすにいたったわけで、西日本一帯の業者間にはこのイカナゴ入手に血まなことなり、はげしい競合が繰り返えされているのが現状。なお巾着網のカタクチイワシの漁獲についても、往年の規模を画一的に増強され、一統当たりの網地の使用量二万間のものが五万間、七万間と三倍以上も大型化し、一統当たりの生産量も三、四十万貫と急増し、なお生産されるイワシも、煮干製品に向けられるのは、全生産量の一割にも達しない程度で、殆んどは餌料用専門の操業に切り換えられている状態である。

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