養魚秘録『海を拓く安戸池』(38)~漁場~
野網 和三郎 著
(38)~漁場~
農業をしようにも、農地がなければ始まらないのと同様に、如何に養魚をやりたいと思っていたところで漁場がなければできないことは、いうまでもあるまい。私の場合も安戸池という好個な場所があったからこそ手付けられたのであって、難かしい幾重にも重なる大きな障壁を解きほぐし、完全な養魚場としての条件を具備するまでには、三十幾年の星霜を語り草として、家財を傾け尽し、数多くの関係者に限りなき迷惑をかけて、始めて達成することができたのであるが、ながい養魚事業によってもたらされたところより、これを押しなべて言えることは生育に二、三年以上を必要とする養魚以外の養魚としては、現在のハマチ養魚などは、化繊漁網、染料などの発達などの点から、手軽に着手できる小割式で、しかも海面下に沈設することによって、如何なる海域でも養魚事業が可能視されることになって、設備投資に大資本を必要とする安戸池のような築堤式養魚場は一応見送りの状況下におかれるようになったが、ハマチその他の浮魚以外の底層魚で、二、三年以上を必要とする養魚には将来共区画ないし、築堤式の漁場が必要であることは論をまたないのである。
昨今のハマチブームは、沿岸高級魚族の枯渇を来たしたことによって、大いにその需要量が増大し、なお今後とも続くであろうことは、沿岸漁村のために喜ぶべきことである。
なお沈設小割式の場合にあっては、将来においても無限に漁場を拡張し得らるることともなるのは必至で、それらの方法にては荒天時においても、海面下三メートルないし五メートルと下がった中層ともなれば漂流物および波浪などの影響もほとんどなく、その安全度も非常に高まる関係から、過去には全然見返えられなかった未利用海面が、漁場として大いに活用され、農地が畔によって区画され、それぞれの持分が定められ、農業生産が営まれているように、漁場においてもノリ、カキ、真珠、ハマチ、その他の養魚といった形の漁民それぞれの持分が定められ、区画漁業ならぬ魚田式のものが構成され、つくる漁業への理想郷が実現された場合、下向線をたどっている漁船漁業に対する依存度もようやく軽減されて、資源の培養推進への二重の効果をと約束されることともなるので、大いに期待がかけられるのである。
そこで申しておきたいことは、漁村の各指導層は、国の沿岸漁業構造改善事業の政策面に呼応した漁村の構造改革路線を一日も早く打ち立てる必要に迫られていることを充分自覚することで、従来よりあり来たった共同漁業権の海域にあって、変更を可能とする区域を限定してこれを高度の生産性を約束し得るところの魚田に編成替えし過去においては漁村経済の底辺にしんぎんしていた零細漁民にも生産意欲を向上せしむるためのその機会を与え、これらの魚田を再分配して、つくる漁業への道をきり開いてやることであると思う。