養魚秘録『海を拓く安戸池』(12)~フグの蓄養~
野網 和三郎 著
(12)~フグの蓄養~
竹簀区画の第三号が施設された昭和八年からは、タイ、ハマチ以外に、新らしくフグの放流を始めたのである。現在もそうであるように、一度養魚事業と取組んだ者ならば、必らずといってよいほどその魅力に引き込まれて幾年かは、ああでもないこうでもないといっては、水産試験場や研究所の門をたたいて、係官を右往左往させ、対策に苦悶を重ね懸命に努力はしてみるのであるが、遂には辛抱し切れなくなって、何時のまにかそれをあきらめてしまうというのが、このフグ蓄養である。
安戸池もその例にもれず、人の薦めもあり喜び勇んで、このフグと取っ組んだのであった。寒風肌を刺すといわれる酷寒にてっちり料理の魅力は食通をして、完全にそのとりことせしむるにたる充分の誘惑価値をもっているもので、これらの食通はプトマイン中毒の恐ろしさを充分に承知していながらも、その季節ともなれば寒さに首すじをちぢこめながら、いつの間にかその暖簾をくぐっているのがこの料理の常である。